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第6回【松崎正年×八田進二#2】内紛「LIXIL」の社外取締役就任で“ガバナンス正常化”を実現

第6回#1から続くプロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第6回目のゲストは、コニカミノルタで取締役代表執行役社長を務め、現在はLIXILで取締役会議長とガバナンス委員会委員長を兼務する松崎正年氏。しかし、松崎氏が社外取締役の就任を決断したLIXILは当時、創業家出身トップから現社長が解任される異常事態に揺れていた。まさに火中の栗を拾う行為だが、果たして、何が松崎氏を“決断”に向かわせたのか。そして、どうやって同社のコーポレートガバナンスを再構築したのか――。当事者の松崎氏が語った。

あえて火中の栗を拾った“内紛”のLIXIL取締役会議長就任

八田進二 2019年にはLIXILの取締役会議長を引き受けておられます。あのタイミングは、創業家出身の潮田洋一郎・取締役会議長(当時)が自身と衝突した瀬戸欣哉社長を解任、その経緯が不透明だとする海外の機関投資家が中心となって瀬戸氏を社長に戻す株主提案をし、結果、瀬戸氏が社長に返り咲いた。その定時株主総会で、松崎さんも社外取締役に選任されていますね。LIXIL社内は大混乱していたはずでしょうから、よく火中の栗を拾われましたね。しかも、取締役会議長の大任です。

松崎正年 LIXILは指名委員会等設置会社だったので、何とか私が持っている方法論で会社を再構築できるのではないかと考えたんです。

指名委員会等設置会社という仕組みを導入している以上、取締役が果たすべき役割は明確です。ただ、私と同時に選任された取締役の方々は交流がまったくない人たちでしたので、指名委員会等設置会社の取締役がどういう役割を担っているのか、正確に理解されている方たちなのかどうかもわかっていませんでした。そもそも、コーポレートガバナンスに関する意識が高いであろう日本取締役協会の会員の方々ですら、先ほど申し上げたとおり、監督の立場にあることを忘れて執行者の立場からモノを言ってしまう。世の中全体として、取締役の任務の何たるかを正確に理解している人自体、多くはないというのが現実です。

とはいえ、指名委員会等設置会社という枠組みがある以上、「取締役の任務はこれですよ」ということを明確に言える拠り所があるということです。だから、私がLIXILの社外取締役になることで、どうにかなると思ったんです。

八田 わかっていない人にわかってもらう……結構、難しくないですか。たとえば、どんな風に話をされるんでしょうか。

松崎 よく使う“たとえ話”はラグビーのヘッドコーチの位置取りです。ラグビーの場合、野球やサッカーと違って、ヘッドコーチはグラウンドやピッチには立たず、観客席の上のほうに陣取って、戦況を眺め、スマートフォンで指示を出すんですね。要は、ゲーム全体を見渡せる高いところからゲームを見ていて、気づいたことをグラウンドにいる別のコーチに指示する。ラグビーってよくゲームが中断するでしょう。あのタイミングで伝令役のコーチが選手に監督の意図を伝えてるんですね。

八田 そうなんですか、知りませんでした。ラグビーを学生時代にやっておられたとか?

松崎 いえいえ、全然(笑)。私がLIXILに加わった2019年にちょうど、ラグビーのワールドカップが日本で開催されました。その中継をテレビで見ていて、どのチームのヘッドコーチも同じ位置取りをして同じ挙動をしていることに気づきました。これこそ、植松さんが言っていたコーポレートガバナンスの在り様なんじゃないかとひらめきました。

八田 それにしてもよく気づきましたね。

松崎 この話には後日談がありまして、ワールドカップが終了した少しあとにたまたまオールジャパンに関わった方の講演を聴く機会がありました。そうしたら、チームのキャプテンは、必ずしもヘッドコーチの指示に従う必要はなく、そのゲームをどうするのか、次にどういう手を打つのかを決める権限はチームキャプテンにあることもわかりました。

キャプテンはまさにCEO(最高経営責任者)で、ヘッドコーチは執行監督分離型の会社の取締役。ヘッドコーチは、キャプテンが自分の“指示に従わない自由”は認めているけれど、結果責任はしっかりと問う。結果が出なかったら、次の試合ではキャプテンをやらせない。人事権は、監督側のヘッドコーチが有する。これらの構図が、まさに指名委員会等設置会社の取締役と経営執行の役割分担とピッタリだということを発見し、以来、“たとえ話”として使っています。

八田 このたとえ話は本当に説得力がありますね。これから私も使わせていただきたいと思います。

松崎 指名委員会等設置会社という枠組みが導入されていないと、コーポレートガバナンスを再構築するうえでもう一段階ハードルが上がってしまうのですが、LIXILのように導入されていれば、「指名委員会等設置会社とはこういうものだ」という説明に説得力を持って使えます。

八田 指名委員会等設置会社の効果を頭では理解したとしても、現実にトップが受け入れるかどうかとなると、やはり、その人の意識と覚悟次第という部分はありませんか。だから、指名委員会等設置会社の導入がなかなか進まないんでしょう。

松崎正年氏(撮影=矢澤潤)

松崎 おっしゃるとおりだと思いますね。ヘッドコーチの指示と違う作戦をキャプテンが選択できるということは、それだけ、そのキャプテン自身が戦略を持ち、結果を出せなければキャプテンをクビになるという覚悟も出来ているということです。これを企業に置き換えると、取締役の助言を聞かずに経営判断をした執行トップは、結果を出さなければクビになる。この仕組みこそ、指名委員会等設置会社最大の効能だと思います。

社外取締役の「モニタリング」への誤解が企業価値を下げる

八田 実際のところ、LIXILのコーポレートガバナンスは再構築できましたか。取締役会議長就任から丸4年が経過しましたが。

松崎 3年経過した年の実効性評価を、外部機関の協力を得て行ないました。その結果、「コーポレートガバナンスの再構築は確実に進んだ」ことが確認できました。私自身も、コーポレートガバナンスの再構築は、一段落ついたという手応えを感じています。比較的順調に再構築が進んだ要因として、執行側の要因も大きかったと思っています。というのも、第一に、もともとLIXILの執行側は取締役に監督されることとはどういうことかをよく心得ていました。

第二に、執行側に一定以上の力量がありました。執行側に一定以上の力量があることが、執行監督分離型のガバナンスが機能するための必要条件なのですが、この点については、社外取締役を引き受けた時点ではわからなかったことですから、ラッキーだったと思います。

八田 「もともと執行側が監督されることとはどういうことかを理解していた」というのはどういうことなんでしょうか。

松崎 社長の瀬戸さんの業務執行の方針が創業家出身の潮田さんが考える方向性と合わなかったために、瀬戸さんは事実上潮田さんによって解任されるわけですが、そのプロセスが実に不透明だった。潮田さんは指名委員会に対して「瀬戸さんが辞めたいと言っている」と説明したのに、瀬戸さんは「そんなことは言ってない」と言うわけですね。さらに、株主がそのことを問題視して正面から戦った。社員も含めて執行側はそれを目の前で見ていたわけですから、逆説的ですが、LIXILは肌感覚でコーポレートガバナンスの神髄を体得する機会に恵まれたと言っていいでしょう。

八田 ということは、社内の取締役よりも社外の取締役のほうを理解させるのが難しかったと?

松崎 確かに、そういう面はありました。

八田進二・青山学院大学名誉教授

八田 何しろ、日本にはもともと「執行と監督の両方をやるのが取締役」という文化がしっかり根を張っていますからね。この意識を変えるのは容易ではないでしょう。米国でも1960年代くらいまではそうだったわけですが、1970年代以降に執行と監督の分離が進んだ。今となっては、日本の監査役制度は世界では到底理解されない状況です。とはいえ、執行と監督の完全分離については経営者たちの抵抗が強いから、折衷案的に3つ目の「監査等委員会設置会社」を作ってしまい、ますますワケがわからなくなりました。

松崎 私も監査等委員会設置会社が出来たときは、ちょっと驚きましたね。

八田 高名な弁護士の方たちがよく「取締役会の仕組みにはマネジメント・ボード型とモニタリング・ボード型があります」みたいなことを平気で言いますでしょ。コーポレートガバナンスの視点からは、モニタリング型を目指すのが当たり前という発想に水を差しているのではないでしょうか。

松崎 「モニタリング」という意味も、よく誤解もしくは誤用されていますよね。本来の字義的な意味から拡大解釈されている。本来のモニタリングは、パフォーマンスを見るために売り上げなり、利益なりのKGI(重要目標達成指標)や、あるいはその前提となるKPI(重要業績評価指標)について、その推移を一定期間見て、それをベースに議論していく、という意味なのですが、モニタリングに相当する日本語は監視で、監視には“警戒して見張る”という意味もあるので、日本の企業社会では“見張る”という意味に拡大解釈されて使われているように思うんですね。モニタリングを“警戒して見張る”と誤解している社外取締役にかかったら、もう四六時中、事細かに見張られることになりますから、業務執行側にとっては業務の妨げ以外の何物でもない。

八田 なるほど。オーバーサイト(監督・管理)という意味で理解すべきなのでしょうね。そうでないと、企業価値を上げるためのコーポレートガバナンスが、企業価値を下げる方向に機能してしまうわけですね。

松崎 だから、指名委員会等設置会社に移行すると、社外取締役から度を越した監視(つまり、監視カメラで24時間見張るような意識でのモニタリング)をされて、業務が妨げられると考えている経営者もいるのが現実です。

次の課題は「社外取締役のレベルアップ」

八田 LIXILのコーポレートガバナンスについて、第1段階はクリアしたとおっしゃいましたが、第2段階に入っていくうえで、課題となるものは何でしょうか。 

松崎 何と言っても、私も含めた社外取締役のレベルの向上ですね。重要な議題において、業務執行側に「なるほど」と思ってもらえるような指針を示せるレベルが求められます。企業トップの経験のある社外取締役に、自分の過去の成功体験の自慢話をされても企業価値は向上しません。

八田 具体策は何かありますか。

松崎 昨年2022年5月に冨山和彦さん(日本共創プラットフォーム社長)が日本取締役協会の新会長に就任されました。冨山さんも社外取締役のレベルアップが喫緊の課題という問題意識を持っていて、日本取締役協会の研修制度を一から見直すプロジェクトを立ち上げています。私もその活動に参加しているのですが、まず1つ目が、社外取締役の経験が浅い人向け研修の充実です。これまでも研修制度自体はあったのですが、より充実させようというものです。

2つ目が、自分の経験していない取締役会の場面を想定したトレーニングです。たとえば、「アクティビスト(物言う株主)から手紙をもらったら、どうすべきか」などです。

3つ目が、取締役会議長や委員会の委員長、筆頭社外取締役といった人たちが研鑽を深めることが出来るコースの新設です。これは私自身の発案なんですが、やはり、このリーダーシップをとる層が底上げされないと、全体のレベルアップは望めません。

八田 一番の司令塔ですからね。

松崎 コーポレートガバナンスは企業価値を上げるためのものです。投資家のロングタームの関心事に適うような経営をしていくことで企業価値は上がっていくわけですから、何が一番大事なことなのかを議論できる仕組みを作って、その仕組みに則って、実際に実りのある議論をする。今のLIXILは仕組み作りが一通り終わって、まさにその次の、実りある議論を積み重ねていく段階の入口に立っていると思います。

八田 取締役は感度を研ぎ澄ませ、最新の情報を入手しながら自分を磨き続けなければいけませんね。今日はありがとうございました。

(了)

松崎正年氏

【ガバナンス熱血対談 第6回】松崎正年×八田進二シリーズ記事

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