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第13回【JAL植木義晴×八田進二#2】僕が考える「稲盛和夫」に選ばれた理由

#1から続く八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。今回のゲストは、JAL(日本航空)で社長・会長を務めた植木義晴氏(2024年3月31日退任)の第2回。2010年の経営破綻を受けて突如、パイロットから執行役員として本社に呼び戻された植木氏を稲盛和夫氏はなぜ社長に抜擢したのか。植木氏本人は、稲盛氏から「直接教えられたことはない」と言うが……知られざる“経営の神様”との遣り取りとは。

稲盛氏が「お前が全社員を惚れさせられるか、見といてやるわ」

八田進二 今だから正直に言いますが、僕は稲盛(和夫)さんがJALの再生に乗り出すと聞いた当初、晩節を汚すんじゃないかと思っていたんです。いくら「経営の神様」といっても、まったくの門外漢である航空会社を立て直せるものだろうか、と。ところが、やはり、稲盛さんでした。しっかり再建に道筋をつけたうえ、植木さんという人材を見出した。最初に稲盛さんから声をかけられたのはどんな経緯だったんですか。

植木義晴 ある時、呼び出しがかかったんです、「稲盛さんがお呼びです」と。“出頭”日時と合わせて「この中から最低3冊は読んできてください」と長々とした稲盛さんの著作リストがメールで送られてきました。でも、僕は1冊も読まずに行きました。あえて読まなかった。なぜなら、「現地・現物・現人(げんにん)」という考えがあったからです。

八田 経営の現場では、「現場・現物・現実」の三現主義というのがよく紹介されます。

植木 その日になれば直接本人に会えるのに、どうして先に本を読んで固定観念を頭に入れなければならないんだ、と。もっと言えば、「オレが直に見定めてやる」という思いもありましたね。2カ月くらいご一緒するうちに「さすが、大したもんやな」と思うようになりましたが……(笑)。

八田 いきなり呼び出されて、「執行役員(運航本部長)になれ」と言われたんですね。

植木 はい。もうドタバタで。当時、僕はグループ会社のジェイエアの副社長に出向していましたが、そこでもパイロットを務めていました。なのに、いきなりの役員就任で「ラストフライト」のセレモニーもやれず仕舞い。僕も35年間握った操縦桿を置いてまでJAL本体の役員になるわけですから、その意義は何かと考えた時に、やっぱり、「絶対にこの会社を潰さないこと」「最高に幸せな社員集団をつくること」が自分の使命だと考えて、役員を引き受けたのです。

八田 そして2年後、社長に指名された。最大の理由は何だったと思いますか。

植木 もちろん稲盛さんに直接は聞かないし、教えてもくれなかったけれど、今思えば「あれかな?」と感じるものはありました。稲盛さんは最初から「3年でJALを去る」と公言していたので、役員同士の間では、誰かが稲盛さんから「免許皆伝」を受けないといけない、と話していました。もちろん自分だとは思ってもみません。社長になるなんて、これっぽっちも考えていませんでした。当時はパイロットがJALの社長になるなんて、天地がひっくり返ってもあり得なかったことですから。

八田 おっしゃる通り、まさか、パイロット出身の人がJALの社長になるとは、日本中の誰もが考えていなかったと思います。

植木 しかも、社長になってからも稲盛さんからは何の講義もなければ、他の名経営者に会わせてくれるわけでもない。ただ、今から思えば、稲盛さんがくれたヒントだったんだんかな? と思うエピソードがあります。稲盛さんが「今、この会社はグループ全体で何人おるんや?」と聞いてきた。すでに(経営破綻で)大分減っていたんですが、「約3万3000人です」と答えると、「わかった。お前がいつになったら、その3万3000人全員を惚れさせることができるか、それだけ見といてやるわ」と言ったんです。「キザな言い方するなァ」とその時は思ったんですが(笑)、考えれば考えるほど正しかったなと。

社員に愛されない社長なんて、何の仕事もできません。言い換えれば、社長の仕事の7割は、社員に愛されたら終わったも同然です。あとは“善なる生き物”でさえあれば、会社はうまくいく。稲盛さんが僕を指名した理由のひとつはそこにあったのかも……。

八田 稲盛さんは経営と現場の一体感がないことが問題だとわかっていたんでしょうね。

植木 稲盛さんは、JALに来て「この会社はバラバラだ」と問題にすぐに気づいたのでしょう。稲盛さんはもともと“コンパ主義 ”で、末端の社員と車座になって酒を酌み交わし、愚痴や現場の情報を吸い上げていました。JALでも同じようにやっていましたよ。

稲盛さんが僕を指名した以上は、そこに何か理由があるんだろうと考えました。パイロット出身で経営ド素人の僕を指名するというリスクまで負って、僕を社長にした意味は何なのだろうと。そのリスクを超える何かがあるはずです。稲盛さんは直接は教えてくれなかったけど(笑)。

八田 やはり、破綻前の一体感の持てない組織に逆戻りさせてはならないという思いがあったのでしょうね。

植木 稲盛さんとしては、いずれ自分はJALからいなくなる。そのあと、放っておけばこの会社はまた元に戻ってしまう。そのことは僕が社長になってからも結構、言っていましたから。そこで、悪いほうへ戻ってしまうのを堰止められるのは誰なのか。「いつもオレに逆らうけど、正直で後ろめたいところのない植木や」というのは半分くらいはあったと思います。

八田 これは大事ですよ。経営者の中には「毎日1時間は現場に顔を出しています」なんて誇らしげに言う人もいますが、側近5、6人を引き連れて大名行列をしているようじゃ、何の意味もない。本当の意味で現場を理解し、現場のほうもそれを感じて初めて、会社はうまく回り出す。

植木 僕みたいなのは珍しいのかな。自宅の周辺にはJALの社員もそれなりに住んでて、カミさんと娘夫婦、孫とで近所に食事に行くでしょ。すると、僕を見かけた社員が話しかけてきて、なんなら横に座って20分でも30分でも話して行くんです。それを見た娘が「お父さんのとこってどんな会社なの? 私は自分の会社の社長を出先で見かけても、プライベートな場面だったら絶対に声をかけない」と言っていました(笑)。

八田 普通なら、目を逸らして気づかないふりをしますよ(笑)。それはやはり植木さんの人柄によるところが大きいんじゃないですか。後ろめたいことを嫌うというか、私利私欲にまみれたようなところがないという点には、共感を覚えます。

植木 稲盛さんをよく取材していたライターさんが、稲盛さんに「どうして植木さんを(社長に)選んだんですか」と聞いたらしいんです。すると、稲盛さんは「汚れていないし、頑固だから」と言ったらしい。それが理由だとしたら、確かに僕は汚れてはいないし、頑固ではある(笑)。

ズルいことをしようなんて僕個人は考えもしないし、企業の経営であってもそれは同じです。裏道を通るようなズルいことをしないでお天道様の真下、道路の真ん中を堂々と歩くのが、一番強いということなんですよね。

植木義晴・JAL前会長(撮影=矢澤潤)
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