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第11回【久保利英明×八田進二#1】ガバナンスとド派手スーツの原点

八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第11回目のゲストは、かの久保利英明弁護士である。企業法務の世界で知らぬ者はいない久保利氏だが、半世紀超に及ぶ弁護士活動は「日本企業のガバナンス史」そのものと言える。現在は、日本ガバナンス研究学会会長も務める久保利氏が考えるガバナンスの過去、現在、そして未来とは――。

八田進二 実は、私が法曹界で一番尊敬しているのが久保利先生。これは社交辞令ではなくて、独特のコスチュームとともに、まさに先生の生き方が好きなんです(笑)。2009年からは「一人一票等価値訴訟」弁護団を立ち上げて、一票の格差問題に取り組まれておられます。半世紀以上にわたり、弱者にも目を配りながら、より良い社会を作ろうと活動されていますが、先生が今のような考えを持つようになった、そもそもの根源は何ですか。

久保利英明 私が生まれたのは敗戦1年前の1944年8月です。あの頃は米軍の空襲が続き、子どもを産んでも死んで当たり前といった時代。だから、私たちは戦争に関わる問題を自分自身の問題として抱えている最後の世代です。

もうひとつ大きいのが、1967年に司法試験に現役合格した後、約半年間、アフリカ・インドなどを旅行したことですね。弁護士というのは危険な仕事だと思いましたから、命がけの経験をしておかないと、いざという時に踏ん張りが利かないと思ったので、意図的にそういう境遇に自分を追いやったわけです。そして、海外で一番危険なところはどこかと言えば、アフリカとインドだと。実際、本当に危ない目にあって、命からがら帰ってきました。そうなるともう、ヤクザ者が脅かそうと何をされようと、「あの時、捨てた命だから大丈夫だ」という感覚になる。乱暴な生き方であることは間違いないでしょうね。(笑)

八田 戦争体験者の多くは「同僚がみんな戦死した、たまたま運もあって自分は生き残ったから、今ある命は儲けものだ」と常々話されます。であれば、「その命を最大限に社会に還元したい」と。そうした考えに通じるものですよね。ところで、先生は現時点で何カ国を巡っておられるんですか。

久保利 171カ国です。残り20数カ国ありますけど、ほとんどが紛争国か渡航禁止国。あとは伝染病などで死体になって帰って来るような国でしょうか。知らない国に行って、知らない人とお付き合いしてみたい、何を考えているのか知りたいという強い好奇心が旅行の原動力ですね。

スモン薬害訴訟、総会屋……「性弱説」で人を、企業を監視する

八田 先生は20代の時、スモン薬害訴訟(整腸剤のキノホルムを原因とする薬害事件。1970年代に被害者が国および旧田辺製薬、武田薬品工業、旧日本チバガイギーを相手取って各地で提訴)の原告代理人をお務めになりました。私はそれが先生とガバナンスの関わりの原点と理解しています。

久保利 スモン薬害訴訟は弁護士1年生の1971年に担当しました。訴訟で感じたのは、会社とはとんでもなく悪いことをするのだ、ということです。当時の私はもう少し資本主義を信用していましたし、相手は一部上場の製薬会社ですから、それなりにまともなことをやっているはずだと考えていました。

ところが、田辺製薬は判決が出て執行の時に及んでも、被害者への慰謝料1億7000万円をバラバラの1万円札で無造作に段ボールに詰めて寄越すなんてことをした。会社は自社の売り上げや利益、幹部も自分の出世しか考えていなかったのです。それは、むき出しの私利私欲の世界。だから、それに歯止めをかけるアンチ勢力がいないと、絶対に会社はまともに機能しないと思いました。

八田 上場会社は“社会の公器”と言われます。ところが、それにふさわしくない経営トップの思想、人間の欲や業があって、とても社会の公器などにはなっていない。そういう実態を早い段階でお感じになったということですね。

久保利 スモン薬害訴訟で人間というのは善でも悪でもなく、“弱い存在”だと感じました。私利私欲の前では正義感や倫理観など、全てを捨ててしまう。それ以降、私は、人間は性善でも性悪でもなく、生まれながらに弱いんだという「性弱説」という立場を取っています。だから、コンプライアンスとインテグリティを言い続けなければ、会社も組織も悪に染まります。

久保利英明弁護士(撮影=矢澤潤)

八田 ところで1980年代、特殊株主、いわゆる総会屋が社会問題になりました。これに、先生は正面から立ち向かわれた。その時の状況を教えていただけますか。

久保利 確かに総会屋と戦いましたが、それまでの彼らは企業から「年に1度の株主総会で暴れないでくれ」ということで、賛助金といった形で多額の利益供与を受けていました。つまり、大半は与党総会屋だったのです。ところが一転、1981年の商法改正を受けて企業側が総会屋に金銭を渡すことができなくなった。だから、全員が野党となって総会で噛みついてきたというのが大きな構図です。総会屋が悪いと言っても、またも企業では性弱説の原理が働いて、株主総会をシャンシャンで終わらせるためにはヤクザ者と手を組まないといけないと考え、実際に彼らと癒着してきたわけです。

例えば、こんなことがありました。当時、私は上場企業の総務担当者を対象に、総会屋を撃退するにはどうしたらいいかというビデオを作ったり、講演したりしていたのですが、講演の翌日にはその内容が総会屋に筒抜けになっている。その場に総会屋なんて一人もいないのに、です。どうしてかと言うと、「総会屋さん、どうぞ」と利益供与の一種として講演の情報を提供する企業の担当者が後を絶たなかったから。そうして恩を売ることで自社だけは総会屋からの攻撃を免れようとしていた。それも超一流と言われる企業ほど、そうでしたね。性弱説で考えれば理解はできます。

オーラを発散する「勝負スーツ」 八田進二教授 …
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