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第13回【JAL植木義晴×八田進二#1】「羽田衝突事故」に見た乗務員の“自立”とJAL再生

八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。今回はJAL(日本航空)社長・会長を務めた植木義晴氏(2024年3月31日退任)。10年の経営破綻に伴って現役のパイロットから執行役員に転じ、会長としてJAL救済に当たった稲盛和夫氏(京セラ名誉会長、22年8月死去)に指名される格好で12年2月、社長に就任した。それから12年余、社長・会長として激動と混乱のJALを牽引した植木氏だが、事実上、企業経営の経験がなかった中、どのように同社を再生に導いたのか――。コーポレートガバナンスは「一番不得意とするところ」(本人談)という植木氏に、JALで社外監査役(12~20年)を務めた八田教授が“植木流ガバナンス”の神髄に迫る。

身心ともに追い詰められた「羽田発着枠」問題

八田進二 2012年2月にJALの社長に、18年には会長に就任した植木さんですが、いよいよ24年3月31日をもって、会長を退任されました。JALが10年に会社更生法の適用を受けて破綻し、再生のためにやってきた稲盛和夫氏の肝いりで、パイロットだった植木さんが同年2月に執行役員運航本部長でJAL本体に戻って、その2年後に代表取締役社長を引き受けられた。それからの12年間、並大抵の苦労ではなかったでしょう?

植木義晴 JALに入社してから35年、パイロットとして操縦桿を握って空を飛んでいた男が、本社に呼ばれて2年で「経営者になれ」と言われたのですから、それは大変でしたよ。なにせ、経営に関する知識も経験もない。ただ、稲盛さんもそれをわかっていて僕を指名しているし、僕もわかっていて指名を受けた以上は、努力するしかありませんでした。

社長就任から当分の間は1日の仕事が終わった後、毎日必ず30分時間を取って秘書と翌日のスケジュール確認と相談をしていたんです。ただ、「明日はこういう会議があります」と言われても、見たことも聞いたこともない。「何をする会議なんだ?」って聞いても、秘書は「そうおっしゃると思いましたが、私たちも出席したことがないので……」と、毎日がそんな連続。

八田 確かに、これまで植木さんが経験されてこられた運航の世界とはまったく違いますからね。

植木 そして秘書が差し出すのが、過去5年分の当該会議の議事録です。分厚い資料を持って帰って、会議までに目を通して準備する。会食が終わって帰宅して風呂に入って、23時くらいから議事録を読み始めて、毎日、明け方までかかっていました。将来に備えて勉強しようなんて悠長なものではなくて、とにかく「明日をどう生き抜くか」を考えるだけで精一杯でした。

毎日毎晩、資料を読んで頭に叩き込んで、それでも入らなかったものは自分には必要のない知識だと勝手に理解して、紙の資料は土曜日にシュレッダーにかける。日曜日には次週の資料を準備して読み始める。土日もまったく休まず、とにかくインプットし続けるしかありません。

最初から幹部候補生として社内で育てられてきた人たちからすれば、「社長になったら上がり」かもしれませんが、僕はそうではなかった。社長になったところからがスタートだったんです。

八田 この12年、山も谷もあったでしょうが、一番キツかった出来事は何ですか。

植木 羽田空港の発着枠の配分問題ですね。(2013年3月~16年10月の3回の配分で)最終的に競合他社と大きな差をつけられてしまったのは本当につらかったです。この枠の差が半永久的に収入・利益の差としてうちの社員を苦しめる。その元凶を僕自身がつくってしまったということで、これでもかというほど自分を責めましたね。

八田 あの時は政治の論理も影響していましたよね。稲盛さんがJALの会長になったのは民主党政権の時代でしたが、2013年の最初の発着枠分配時点では、政権はすでに自民党になっていた。

植木 本当につらくて、秘書の2人にだけは胸の内を明かしました。「僕はもうアップアップで、毎朝起きられただけでも良かったと思うような気持ちで過ごしている。この状況でスケジュールをパンパンに入れられたら、僕はもう社長を続けられない」と。

八田 そこまで追い詰められていたんですね。

植木 ところが、これがある瞬間にスパッとすべての悩みが消えたんです。それは羽田の客室本部で会話した、以前から知り合いの女性の客室乗務員の一言でした。彼女は僕の顔を見るなりこう言ったんです。

「何をしけた顔をしているの? 植木さんらしくもない。私たちは植木さんが矢面に立って頑張ってくれているのを理解しています。枠が半分以下? いいじゃないの。与えられた枠で私たちが利益を出したらいいんでしょ? 後は現場の私たちに任せてください」と。

八田 なかなか腹の座った方ですね。まさに植木さんにとっての救世主でしたね。

植木 ええ、これでいっぺんに雲が晴れました。僕はそれまで、社員を守るために社長になったと思っていたんです。自分がコケたら社員もコケる。絶対にそんなことがあってはならない、と。ところが、社員はもう僕に守られる立場ではなくて、僕と肩を並べて一緒に会社を成長させていくメンバーなんだと気づいたんです。その瞬間に、憑き物がスポーンと全部落ちました。本当に彼女には助けられましたね。

社内の「キツネとタヌキの化かし合い」で破綻 八…
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