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第13回【JAL植木義晴×八田進二#2】僕が考える「稲盛和夫」に選ばれた理由

「眼前の大きな雲にどれだけ近づけるか」がリスクマネジメント

八田 それはまったくその通りで、私自身、大学院での職業倫理の授業の最後に一言、必ず「正しいことを正しくする。それがすべて」と話しています。コンプライアンスとかガバナンスとか言うけれど、何も難しくない。「正しいことを正しくやれ」とその一言なんですよね。

植木 確かに、決して難しいことじゃない。僕自身はそれを「コーポレートガバナンス」などとは思っていなくて、単に自分の生き様を会社でも全うしようと思っているだけなんです。

八田 動機や精神が汚れていないこと、これは本当に大事なことです。特に今は経営環境、社会環境が劇的に変化する時代です。ハラスメント案件や不祥事案件といったネガティブリスクが新聞ダネになる。経営者には、何よりもこうしたリスクに関する研ぎ澄まされた感性が必要になります。

思い起こせば、私がJALの役員向けの勉強会でコンプライアンスや内部統制の話をした時に、最後に「みなさん、リスク感覚、リスクへの感度を磨いてください」と話して終えて退出したのですが、その後に植木さんが私の肩をポンポンと叩いて言ったこと、覚えています?

「リスクへの感度は八田さんよりオレのほうがすごいんだ。だって、機長として時には500人を超える乗客と乗員の命を預かりながら空を飛んでいるんだから、オレほどリスク感覚が研ぎ澄まされている人間はいないよ!」と。

植木 そんなこと言いました?(笑)

八田 言いましたよ。でも、なるほどなと思って、それ以降、講演の場でも使わせてもらっています(笑)。

植木 よく「パイロットは安全第一でしょ?」と言われるんですが、冗談じゃない。リスクがある時に、どこまで近寄って見極められるかが本来のリスク管理なんです。

パイロットだったら、飛行経路上に大きな雲がある。ヤバそうだが、どこまで行けるか。200km避ければ突入せずに済むけれど、燃料は嵩むし到着時間が20分遅れる。では、どのくらい避けるべきかと、これを知識と経験から判断して最小の影響にとどめるのが本当のリスクマネジメントです。

八田 そうしたリスクマネジメントを的確に実践することが経営の根幹と考えられますからね。

植木 コロナ禍には「リスクマネジメントとは、最大のリスクに対処することだ」と社内外で耳にしたけど、そうではなく、本来のリスクマネジメントは、平常時に何が起きてもいいように準備しておく、それでも非常時には対処できないリスクが必ず発生するので、それに対して次々に打つ手を考えて判断していくことなんです。

八田 まったくそうですね。コンサルタントでも弁護士でも企業に対して「リスク回避」を売り物にしているけれど、あれもこれもリスクだと言って回避していたら、リターンなどあり得ない。それどころか、「わが社のリスクはどこにありますか?」って聞く経営者までいる。そんなトップこそリスクで、どこまでリスクを受容できるかが、マネジメントの本質なんです。

今の植木さんの話はパイロットだったから持ち得たリスクマネジメント感覚ではあるけれど、パイロットだったら誰でもそう考えるわけじゃないでしょう?

植木 考えてみたら、僕はパイロットの中でも変人でした(笑)。でも、社長はさまざまな可能性を考えて、覚悟を決めたら逃げない。社長なんて不祥事や事故が起きたとしても、全責任をかけて記者会見をして即日辞任するだけのことで、命までは取られない。その覚悟さえ持ってしまえば、怖いものはない。逆に言えば、その覚悟を持てない人は上には立てません。

八田 上に立つ者の鑑ではないでしょうか。

植木 部下の出してきた企画を採用する時もそうです。うまくいかないと、「状況が変わったので」なんて言い訳する人もいますが、それでは他人は信用しない。こちらは「よし、やってみろ」と言ったら心中するつもりで任せている。責任は自分がすべて取るという覚悟でやってきましたから。

八田 つまるところ、それがすべてなんですよ。「正直な生き様が一番のガバナンス」なんていうと、精神論に近いような印象を持たれてしまうかもしれませんが、実はマネジメントの本質は日々の現場の行いに反映されているんです。

第13回「JAL植木義晴×八田進二」対談#3に続く

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