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第6回【松崎正年×八田進二#1】コニカミノルタ社長として体得した“実地のコーポレートガバナンス”

プロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第6回目のゲストは、コニカミノルタで取締役代表執行役社長を務め、現在はLIXILで取締役会議長とガバナンス委員会委員長を兼務する松崎正年氏。LIXILに加えて、ウシオ電機では社外取締役、ライオンでは社外監査役を務める松崎氏は、並行して、コーポレートガバナンスの普及・啓発活動を行う日本取締役協会で副会長を務めるなど、要職も歴任してきた。まさに執行と監督両面から企業経営を経験してきた松崎氏が語る、わが国コーポレートガバナンスの課題と展望とは――。

いち早く「委員会設置会社」制度を導入したコニカミノルタ

八田進二 そもそも松崎正年さんがコーポレートガバナンスの議論に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

松崎正年 コニカミノルタで、先人の構築した経営執行監督分離型の取締役会を引き継いで、社内取締役として自問自答してきたことに原点があります。私は光学機器メーカーのコニカ出身なんですが、2003年にミノルタと経営統合する以前にコニカの社長、会長を歴任された植松富司さんが、経営の執行と監督を分離すべきだと主張されたのです。植松さんは1996年から2001年まで5年間、コニカの社長を務め、2001年からミノルタと経営統合するまでの2年間は会長職に就かれたのですが、社長を退任された際、「自分は社長時代に社内の論理だけで経営判断をし、しかも、そのことについて、誰からも意見されることがなかった。必ずしも正しい判断が出来ていたかどうかわからないのに、それはまずいのではないか」と言い出されたのです。

八田 なるほど。

松崎 社外の人の視点を経営判断に入れるべきではないか、という問題意識が出発点ですから、おのずとコーポレートガバナンスが機能する仕組みを作らなければという話になっていくわけです。そこで約2年間、企業法務の専門家にお知恵をお借りしながら議論を重ね、採用したのが委員会等設置会社、今で言う指名委員会等設置会社です。こうしてコニカで経営の執行と監督を分離したのが2003年のことで、ミノルタと経営統合する直前でした。

八田 2003年ですか。今でも日本の企業において指名委員会等設置会社は希少な存在ですが、20年も前にそういった決断をされたというのは、すごいことだと思いますね。というのも、指名委員会等設置会社は指名・報酬・監査の3つの委員会が必置で、なかでも指名委員会が社長も含めて取締役の人事権を握っています。日本の場合、社長の権限のなかでも、特に「後継者の指名権は不可侵」と考える経営者は少なくない。そういう考えの人にしてみたら、指名委員会に後継社長の指名権を奪われるというのは到底受け入れられるものではありませんよね。

松崎 植松さんは、後継社長の指名権は現役社長の絶対的な専権事項だと思うような人ではなかった。このことに尽きると思います。なぜそういう判断をされたのか、ご本人に直接伺ったことはありませんが、冷静にものごとを考え、正しいこと、合理的なことをやっていこうというタイプの方だからこそ、出来た決断でしょう。

八田 コニカミノルタは2003年の発足時点から委員会等設置会社(現・指名委員会等設置会社)でしたが、それは、すでに植松さんがコニカを委員会等設置会社にしていたからなんですね。納得しました。

松崎 植松さんはコニカミノルタ発足時に自ら取締役会議長に就任して、委員会等設置会社という仕組みの実践に取り組まれたのですが、取締役全員がこの仕組みの根本精神のようなものを理解していたかというと、残念ながら、そうではなかったですね。

八田 というと?

松崎 実は私も当初、どう振る舞えば良いのかよくわからなかったうちの1人でした。私がコニカミノルタの取締役になったときには、植松さんはもう引退されていたので、直接、彼の薫陶は受けていないんですよ。

松崎正年氏(撮影=矢澤潤)

考え抜いて体得した「コーポレートガバナンス」の神髄

八田 植松さんはコニカミノルタ発足から3年で引退されていますね。

松崎 おっしゃるとおり、植松さんは、2006年に退任されました。私は植松さんと入れ替わる形で、2006年にコニカミノルタ本体(コニカミノルタホールディングス)の取締役に就任しました。技術系の最高責任者という立場で取締役になったわけで、つまりは業務の執行者として監督される立場で取締役会に加わりました。

取締役会に加わってみると、一番仕組みをよく理解しているのは取締役事務局であり、事務局が仕組みを回しているわけです。社外取締役の方もすでに4名おられて、植松さんからは「社外の視点で経営に対して気になることがあったら遠慮なく言ってください」と言われて引き受けていらっしゃるようではあります。でも、具体的にどう振る舞えば良いのかは手探りでした。社内には、取締役がどう振舞うべきかまで、具体的な要望を本人に対して出せる人はいませんでした。

八田進二・青山学院大学名誉教授

八田 取締役の方は、それぞれさまざまなバックボーンをお持ちだったでしょうから、“手探り”ということは、どう振る舞うべきかの解釈も人それぞれだったということでしょうか。

松崎 おっしゃるとおりです。たとえば、もともと監査役だった方が監査委員になったとします。監査役としてなら、監査役の監査基準に照らして正しいかどうか、正しくない場合は「改善策はこれです」で済む。でも、監査委員となると、それだけではダメなんですね。ディレクター(取締役)ですから。個別具体的に執行者がどうすべきかまで踏み込んで発言する必要があるわけです。でも、そこまでされると、執行の側は「何でそんな細かなことまで指示されなければいけないんだ!?」となってしまう。

そうした状況のなかで、私は2009年の社長就任後、監督される執行側の責任者として、納得感を以って取締役会に臨むために、「監査委員の踏み込んだ発言も含めて、業務に関わっていない監督者から意見をされる意義、即ち、監督されることの意義は、そもそもどこにあるのか?」を自問自答しました。

八田 どのような結論に至ったのですか?

松崎 植松さんの講演録も参考にして思案した結果、委員会設置会社は、社外の多様な視点が入ることで、社内出身の自分たちが気付かないリスクを指摘してもらえる仕組みなんだという結論に至りました。植松さんの「社長は内輪の理論だけで経営判断をし、しかも、それに対して誰からも意見されない。それはまずいのではないか?」という発言の意味をようやく理解できるようになったのです。

八田 まさに、もがいて、考え抜いて、コーポレートガバナンスの神髄を体得されたんですね。

松崎 たとえば、早くやらなければいけないことを、モタモタやっていたとしましょう。誰しもモタモタしたくて、モタモタやっているわけじゃない。特に社内の事情でそうなっていると、「みんな、一生懸命やってるんだから仕方がないじゃないか」という発想になるものですよね。でも、社外取締役がいることで、外の人から「そんなスピード感では、時代に取り残されますよ」ということを言ってもらえる。持続的に成長できる会社になるには、そういう外の視点からの意見が必要なんです。

八田 ところで、取締役の候補者はどうやって決めていたんでしょうか。

松崎 選任プロセスは植松さんが作りましたが、当初は、候補者リストは事務局が作成していました。そのリストをもとに指名委員会が人選をするという具合です。

八田 リストに載せる人のピックアップは事務局ですか。

松崎 そうです。最初の頃は、とにかく社長の経営判断にモノ申してもらうことを期待するわけですから、企業のトップを経験した人に絞って載せていたようですよ。植松さん自身、社長に意見をできる人じゃないと監督の役は務まらないと考えて、自ら監督側に回り、取締役会議長に就任したわけです。

松崎正年氏

執行側の発想から抜けられない“監督者”の社外取締役

八田 松崎さんも植松さん同様、社長を退かれて会長にはならずに、すぐに取締役会議長になられましたね。 

松崎 社長として5年間、監督される側を経験したとはいえ、繰り返しになりますが、私は植松さんから直接薫陶を受けていません。私が取締役になったときには、植松さんはすでに引退されていましたから、植松さんに取締役会議長として監督された経験もなかった。このため、正直に言うと、コーポレートガバナンスに関する理解も中途半端だったんです。

そこで、監督する側に回ったら何をしなければいけないか、そして、「してはいけないこと」は何かを改めて整理しなければならないなと思い、自ら調査しつつ自問自答しました。そのようななかで、NACDの創設者であるジョン・ナッシュが書いた文章を見つけましてね。思わず膝を打ちました。私の中で、「監督」の定義が定まりました。

八田 NACDというと、全米取締役協会ですね。

松崎 おそらく1977~1980年頃に書かれたものだと思います。NACDが発足したのがその時期なので。アメリカでは1970年代後半の景気低迷期にコーポレートガバナンス改革が行われて、社会的なニーズに応える形で、社外取締役が企業の中に入ってくる。そういうなかで、「社外取締役のレベルを上げなければいけない」ということでNACDが発足したと理解しています。

八田 1970年代の景気低迷期にアメリカでは企業不正が相次いで、監査の世界も、会計の世界も一気に規制強化の流れになり、さまざまな研究成果が出てきました。ナッシュの文章はその流れで出てきたものでしょうね。そこで彼は、明確に「執行」と「監督」を分離している。

松崎 そうなんですよ。日本取締役協会には八田先生も長年、監事としてご参加されていらっしゃったから、おわかりになると思うのですが、取締役の協会なのに、会合の場で経営執行の立場で発言する人が結構いるんですよね。肩書は会長兼取締役会議長なのに、やっていることは会長兼執行部会の議長なわけです。

八田 取締役は経営執行の監視役なんだということをかなり強く意識していないと、ご本人も無意識に執行側に立ってしまうし、周囲も執行者としての発言を自然に受け入れて、役割と違うことをしていると感じないのでしょうね。

松崎 そうなんですよ。植松さんのときは全く初めての試みでしたから、発案者である植松さんが議長として引っ張るというのは間違っていなかったと思うのですが、執行側にいた、つまり監督される側にいた私が監督する側に立つと、「立場が変わったのだ」といくら言ってもなかなか周囲が理解してくれない。取締役会議長は執行をやっていた人間がやるべきじゃなかったなと思い、私の後任の議長は社外取締役の方にお願いしました。

八田進二教授の「松崎正年氏との対談を終えて」

松崎氏とは、日本取締役協会の理事会でご一緒したことから面識を得ることができたのである。同氏は、副会長の立場にはあったが、他の多くの理事の方たちとは明らかに異なった視点で、折に触れ、コーボーレートガバナンスの意義と重要性を発言されていた。私自身、監事の立場で同席していたこともあり、経営の執行と監督の峻別こそ、コーポレートガバナンスの原点だとの同氏の主張を幾度となく目にすることができたのである。そこで、いつか機会があれば、ぜひ、同氏の体験に基づくガバナンス論をより深く拝聴したいと願っていたことから、今回の対談を実現することができた。

同氏の主要な経歴からも明らかなように、コニカミノルタで取締役代表執行役社長および取締役会議長を務め、現在は、現在はLIXILで取締役会議長ということで、まさに、経営の執行と監督の両面での確たる実績を踏まえたうえでの発言であったということがよく分かった。

また、ガバナンス不全が顕在化したLIXILの立て直しのため、2019年、社外取締役に就任され、取締役会議長として手腕を発揮できた背景に、経営の執行と監督が分離された指名委員会等設置会社であったことが功を奏したとも述懐されている。

なお、経営の監督と執行の分離を理解するために例示された、ラグビーのヘッドコーチとグラウンドに立つチームキャプテンとの役割分担と責任のあり方は、まさに目から鱗といっても過言ではない。つまり、経営の監督は、モニタリング(監視)という視点ではなく、オーバーサイトという、大所高所からの監督こそが本旨でないかといった指摘は大いに説得力ある指摘といえる。

今回の対談の最後に「経営の執行と監督の双方を体験されたことから、どちらの役割がお好きですか」との問いに、「やはり、経営の執行を担う方が好きですね」と回答に、松崎氏の経営者魂を垣間見た気がした。

第6回「松崎正年×八田進二」#2に続く

八田進二教授 松崎正年氏(右)

【ガバナンス熱血対談 第6回】松崎正年×八田進二シリーズ記事

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