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【オリエンタルランド秘史#10】“怪物政商”小佐野賢治に食われた創業メンバー

手形詐欺の背景に自民党総裁選

  • 丹沢善利 朝日土地興業社長。千葉・船橋沖を埋め立て「船橋ヘルスセンター」(現在はららぽーとTOKYO-BAY)を開業。三井不動産社長の江戸、京成電鉄社長の川崎に浦安沖埋め立ての協力を要請。#2参照
  • 川崎千春 オリエンタルランド初代社長、京成電鉄社長。1903年生まれ。旧制水戸高校を経て、東京帝国大学経済学部卒。58年京成電鉄社長、60年オリエンタルランド初代社長。高橋に遊園地用地100万坪の払い下げ確保を命じる。
  • 江戸英雄 三井不動産社長。1903年生まれ。旧制水戸高校を経て、東京帝国大学法学部卒。1955年に三井不動産社長に就任。
  • 高橋政知 オリエンタルランド第2代社長。1913年生まれ。東京帝国大学法学部卒。61年、オリエンタルランドに専務として入社。浦安漁民の漁業権放棄交渉をまとめ、浦安沖の埋め立てに乗り出すが、費用捻出をめぐって千葉県・友納武人知事と対立する。

TDR誕生の最大の功労者が高橋政知であるのは関係者の衆目一致するところだが、それ以外に4人の男の存在があったことを忘れてはならない。オリエンタルランドを立ち上げた面々だ。

土地ブローカーの藤生実太郎(#2参照)、京成電鉄社長の川崎千春、三井不動産社長の江戸英雄、そして朝日土地興業の創業者・丹沢善利である。先に千葉県船橋沖の埋め立て事業を手がけ、そこにレジャー施設「船橋ヘルスセンター」をつくった丹沢の経験がなければ、浦安にディズニーランドを呼び込む発想自体、生まれなかった。オリエンタルランドの社名を命名したのも丹沢だ。東洋一の遊園地をつくるという意味が込められている。

だが、オリエンタルランド史における丹沢の足跡はあまりに希薄である。高橋が亡くなる半年前に書き遺した日本経済新聞の「私の履歴書」(1999年7月)に丹沢が登場するのは連載30回中わずか1回のみ。オリエンタルランドが創業して数カ月が経ってから入社した高橋と丹沢の接点はほとんどなかった。丹沢はそれどころではなくなっていたのだ。

躓きの初めは1961年10月。政財界を揺るがした武州鉄道汚職事件(#4参照)に関与したかどで逮捕されてしまう。実際は諌める側で、容疑は晴れて無罪放免となるのだが、これをきっかけに坂道を転がり落ちていく。丹沢を陥れたのは政商の小佐野賢治。ロッキード事件で国会の証人喚問に臨んだ際、田中角栄を「刎頚(ふんけい)の友」と評したが、同じ甲州出身の丹沢との関係もまさにそれだった。その友を小佐野は裏切るのである。

1964年5月、朝日土地興業は小佐野が買収したニューエンパイヤモーターという会社を吸収合併する。狙いは同社が大蔵省(現財務省)から払い下げられた虎ノ門公園跡地(東京・港区)の1136坪だった。時価30億円は見込めた。その見返りに、丹沢は小佐野に朝日土地工業株900万株を譲渡した。

それからまもなく、丹沢は小佐野から朝日土地興業株500万坪の買い取りを求められる。その代金15億円は虎ノ門の土地を処分すれば、簡単に捻出できるはずだった。ところが、この土地には払い下げの際に5年間の譲渡禁止の条件がつけられていた。小佐野はそれを知っていながら、ニューエンパイヤモーターを丹沢に売り払ったのだ。

金策に走り回ることになった丹沢に新たな狼が襲ってくる。史上最も汚いカネが飛び交ったといわれる自民党総裁選は1964年7月に行われた。3選を目指す池田勇人の陣営は佐藤栄作の追い上げに焦りを募らせていた。そこで資金集めに奔走したのが元大蔵官僚で、池田の側近だった官房長官の黒金泰美である。そしてその手先となって手形のパクリを繰り返していたのが吹原産業の社長・吹原弘宣という人物だった。この吹原に丹沢は身ぐるみを剥がされることになる。

2024年元日から行列をつくるディズニーランド入場客
(2024年1月1日、筆者撮影)

大株主の座から落ちた朝日土地興業

吹原弘宣から丹沢善利に持ち込まれたのは、銀行にある数十億円の融資枠が十分に活用できていないので、手形を振り出してもらえれば資金を提供できるというもの。吹原と一面識もなかった丹沢もさすがに警戒した。そこで吹原産業を調べてみると、前大蔵大臣の大平正芳(のちの首相)や黒金泰美が大株主に名を連ねている。すっかり信用した丹沢は1カ月足らずの間に、朝日土地興業振り出しの約束手形8通(額面合計13億2500万円)と同社株400万株(時価7億2000万円)を騙し取られてしまうのである。

小佐野賢治からは15億円を払えと矢のような催促が来る。丹沢の手元に売れるものといえば、もはやオリエンタルランド株64万株(持ち株比率32%)しか残っていなかった。これを小佐野に1株700円で譲渡。それを小佐野はすぐに商社の日綿実業(現双日)に1株1200円で売る。右から左に動かすだけで3億2000万円の現金に化けたが、怪物が手にしたのはこの小遣い稼ぎ程度の額だけではなかった。

日綿実業がオリエンタルランドの株主に加わることを大きなリスクと見た同社社長の川崎千春と三井不動産社長の江戸英雄は、小佐野に仲介を依頼。小佐野は自分が売った1株1200円で日綿実業から64万株を買い戻す同意を取り付けた。その謝礼として浦安の埋め立て地4万5000坪が譲渡され、建て売りの分譲やフジタ工業への売却によって、100億円を超える額が小佐野の懐に転がり込んだ。

それにしても、仲介料としてはべらぼうな額である。小佐野はもうひとつ仕事をしていた。自身が持っていた京成電鉄株1000万株をオリエンタルランド株と一緒に日綿実業に譲渡していて、それも取り戻していたのだ。乗っ取りを怖れた京成電鉄の社長も兼任する川崎に大いに恩を売ったのである。

この一件で完全に沈んだのが丹沢だった。オリエンタルランドの経営から離れただけではすまなかった。1965年10月、自ら興した朝日土地興業の社長から会長に退き、翌年1月には会長も退任。同年10月、取締役からも外れ、表舞台から姿を消したのだった。そして1969年5月17日、丹沢は失意のまま、この世を去った。

(文中敬称略、#11に続く

シリーズ#1はこちら 館山市ディズニーパレードの予期…
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