キヤノン御手洗会長「選任率50%→90%」爆上げの背後
2023年の株主総会で取締役再任の賛成率が過半数割れ寸前となり、「御手洗ショック」に見舞われたキヤノン。それが一転、さる24年の総会で、御手冨士夫会長兼社長CEO(最高経営責任者)は90%を超える賛成率で再任を果たした。背景にあるコーポレートガバナンスをめぐる投資基準の厳格化と投資家のブレを追う。
御手洗会長はキヤノンの中興の祖と呼ばれ、カメラ中心の光学メーカーから複写機やプリンターなども扱う事務機器分野に乗り出す経営改革を主導。さらに事務機器市場が競争過多に陥る前に、医療機器や半導体製造層などの成長分野を切り開いたというのは周知の通り。
新型コロナウイルス禍による世界経済の停滞を受け、四半期開示を始めた2000年以降初めて20年4~6月期決算で最終赤字になり、20年12月期決算で33年ぶりの減配に陥ったものの、この10年間連続で期末の最終黒字を維持。22年に売上高4兆円を突破し、株主配当も復配傾向にある。
嫡流ではないにせよ、創業一族で1981年の取締役就任以降40年以上、社長就任からも30年を超える在任期間の長期化を除けば、投資家が御手洗会長の経営手腕を低く評価する理由はない。
そんな御手洗会長があわや取締役から外れそうになった23年の株主総会の状況を振り返ると、キヤノンはこの時、4議案を提出した。
キヤノンが関東財務局長に提出した23年株主総会の臨時報告書によると、1号議案は前期の21年12月より増配する剰余金の配当の件、2号議案は御手洗会長ら取締役5名選任の件、3号議案は監査役2名選任の件、4号議案は期末時点で在任の社外取締役を除く取締役3名に賞与総額2億7580万円を支給する――というものだった。
採決の結果、4議案は原案通り可決されたが、耳目を集めたのが他ならぬ2号議案の取締役選任の賛成率だった。
会社法341条は、取締役(役員)の選任、解任の株主総会の決議は、議決権の過半数を有する株主が出席し、議決権の過半数をもって行わなければならないと定めている。つまり、賛成率が50%に満たなければ、取締役に就くことはできない。
賛成率50.59%――。2023年の御手洗会長の取締役再任はまさに薄氷だった。賛成375万余のうち約3万が反対に回っていたら、御手洗会長はキヤノンを追われていたのである。
2023年「御手洗ショック」のインパクト
前述のように御手洗会長の在任時のキヤノンは安定した利益を上げてきた。22年12月期決算はコロナ禍から回復し、売上高と純利益が前期を上回った。中長期的な成長度合いが弱いという一部の指摘はあったものの、株主総会前に御手洗会長を始めとする経営陣の経営責任を問う声はほとんどなかった。
実際、他の4人の取締役の賛成率は最低が77.32%で最高は92.31%を得ており、過半数をはるかに上回っていることから、経営成績が原因とは考えられない。22年株主総会の取締役選任の賛成率と比べると、業績、それに伴う経営責任との関連は薄いように見える。
キヤノンは22年の株主総会で、23年とまったく同じ人選で御手洗会長ら5人の取締役選任を提案し、全員が再任を可決されていた。賛成率は御手洗会長の75.28%が最も低く、最高は98.20%。23年は業績が上がったにもかかわらず、賛成率が前年より低下したことを意味する。理由がはっきりしないまま、経団連会長(06~10年)まで務めた有名経営者が取締役失職の寸前に追い詰められていたことが判明し、経済界は御手洗ショックに見舞われた。
国政選挙のように事前の世論調査や投票所の出口で有権者の投票行動を調べる出口調査といったものは、もちろん株主総会では実施されていない。このため、投資家の投票動機を正確に知ることは不可能だ。だが、総会終了後に当のキヤノンをはじめ、機関投資家ら関係者は“原因”をある事案と認識していた。
それが「女性取締役」の有無だ。
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