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企業犯罪学から考える「不正抑止」の処方箋【白石賢・東京都立大学教授】後編

白石 賢:東京都立大学教授

インタビュー前編で、日本型の企業不正・不祥事の陰に、日本企業特有の「長期雇用・メンバーシップ型雇用」の影響があるのではないかと指摘した企業犯罪研究が専門の東京都立大学、白石賢教授。今回の後編では欧米、特に英国の企業犯罪をめぐる法整備等の動向を参考にして、日本企業における「会社と役職員の関係」の改革がいかに不祥事を抑止するか、その可能性を探る。

そもそも、どうしたら企業犯罪や不祥事を防ぐことができるのか。

当然のことですが、法令遵守のための社内ルールと教育態勢を整備することが求められます。米国では1980年代半ばに防衛産業で不正が明らかになったのをきっかけに、関連企業は先駆けてこうした仕組みづくりに着手しました。そして、影響が大きかったのが91年に発効した「企業に対する連邦量刑ガイドライン」です。

このガイドラインの中で企業犯罪が起きた際の刑罰軽減事由として、「効果的なコンプライアンスと倫理プログラムの整備」が示されました。これによって、企業にコンプライアンス規定や責任者の任命、教育・研修の実施、内部通報制度の整備などを促す一方、この種の制度を整備していれば、各企業も仮に企業犯罪を起こした場合に刑罰が軽減されるとされました。このため、各企業が制度整備に努める流れが生まれることになります。

こうした動きは「企業倫理の制度化」と呼ばれるものですが、その後、これだけでは不正・不祥事を抑止するのにそれほど効果がないという研究も出てきました。その結果、現在、米国では企業倫理の制度化と、企業文化自体を建て直すという両建てて不祥事を防ごうとしています。

その企業文化の建て直しに関係しているのが「価値共有型コンプライアンス」と言われるものです。多くのステークホルダーの利益や広い社会的責任と結びついた企業価値・目標に従業員がコミットしている組織文化をつくるという考え方です。

もっとも、そのような経営理念は日本の企業でも古くからあります。しかし、単につくっただけではダメで、いかにそれを役職員が咀嚼して、自分のものにするかが重要なのは言うまでもありません。仮に「お客さんのためのものづくり」という企業目標を掲げても、それが役職員に体感、体得されているかどうか。残念ながら、ここに課題があります。

「ジョブ型雇用」による企業犯罪抑止

日本の企業不祥事の特徴として、前編では「長期雇用・メンバーシップ型雇用」が影響している可能性に触れました。逆に、コーポレートガバナンスを機能させ不祥事を防いでいくためには経営と人事制度を一体で改革しないといけないというのが、私の考えです。

そこで着目すべきが「ジョブ型雇用」です。これまでメンバーシップ型雇用が主流だった日本の企業でも、職務限定で採用するジョブ型に移行しようという流れが強まっています。

ジョブ型雇用においては、社員の職務領域が明確化されるに伴い責任も明確化されます。そうなると、自分の職務上、“やらなければならないこと”と“やってはいけないこと”がはっきりとします。さらには自分の遂行した業務について、社内外で説明責任を果たさなければならなくなります。品質検査の担当者であれば、製造部門の横槍が入ろうとも、定められた検査を実施して正確な数値を入力しなくては職務を果たしたことにはならず、責任を問われるわけです。

ジョブ型雇用が進展すれば、日本企業に特有の“暗黙のノルマ”が罷り通る組織風土は大きく変わることになるでしょう。逆に言えば、これまた日本企業特有の「カビ型」不正は精神論的な解決策では乗り越えられず、こうした抜本的な働き方の改革が必要になると考えられます。

さらに、ジョブ型に変え、役職員個人に業務上の責任感を持たせると、ワーク・エンゲージメント(従業員のメンタル面での健康度を示す概念)が高まると言われています。目的と責任を持って楽しく仕事ができれば、不祥事を減らせる可能性が高くなるというわけです。

ジョブ型雇用で重要な点は、職務の内容を詳しく記述した文書「ジョブディスクリプション」(職務記述書)を職責(義務)として示し、それに対する責任が生ずることと、その職責をこなせる能力のある人を採用するということです。そのためには、人物評価をしてチェックする仕組みが必要になります。米国では日本のような一括採用は行われておらず、採用者については「バックグラウンドチェック」(信用・身辺調査)を行うのが一般的です。

特に英国ではこのジョブ型雇用と企業犯罪を結び付けた法律が立法化されるなど激しい動きが起きています。

英国では2016年に金融機関と保険会社などを対象に「シニアマネージャー・レジーム」(SMCR:Senior managers and Certification regime)と呼ばれる規制が導入され、上級役職員個人に対する責任を明確化・強化する規制枠組みが取り入れられています。上級管理職については、バックグラウンドチェックを実施して金融行為規制機構(FCA)に届け出なければなりません。また、職務に関してもジョブディスクリプションを正確に記述し、組織図や職務権限がわかる文書を作成しなければなりません。そして企業はその文書を毎年、自主的にチェックします。個人の責任を明確化し、不正防止のため、“怪しい人物”は最初から採用しないということです。

ミドルクラスの不正は「企業の責任」という時代

さらに2023年10月には、「ECCTA2023」(Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023)が法制化されました。これは「経済犯罪および企業透明性法」と訳される法律で、企業犯罪の防止と企業構造の透明性を確保することを目的としたものです。

内容は、大きく分けると3つになります。①会社の取締役、および重要な支配力を有する者の本人確認、②「詐欺防止不履行」罪の追加、③企業責任範囲の拡大です。

1つ目の本人確認ですが、これは、主に金融不正やマネーロンダリング(資金洗浄)に関して、真に不正をしている者や企業支配をしている者を特定することを目的としたものです。本人確認文書をCompanies House(登記所)などで登録しなければならず、違反すると刑事罰が科せられます。

2つの目は「詐欺防止不履行」罪の創設です。今までも英国では、企業が従業員などの贈収賄や脱税に関する防止措置を講じない場合には、企業の代表者が、それら不正行為を知っていたことを証明することなしに、企業を処罰することが可能となっていました。つまり、「厳格責任」です。日本の場合は前編でも述べた通り、社員が違法行為をすれば、両罰規定で法人が処罰されますが、それは代表者や法人の管理・監督過失が“推定される”という考え方に基づいています。英国のこの規定は、その管理・監督過失の推定も不要にしているのです。今回の詐欺防止不履行罪の創設によって、その範囲を虚偽表示による詐欺、情報開示の不備による詐欺、詐欺的取引、虚偽会計などの詐欺的犯罪にまで拡大しました。

3つ目は企業責任範囲の拡大についてですが、英国では企業責任の取らせ方のひとつに「同一視理論」というのがあります。会社の支配的な意思を代表する者の行為と意思を会社のものと同一視するというものです。経営陣の意思で社員が違法行為をすれば、それは会社自体の行為であるという考えです。

今までは、企業の支配的な意思を代表する者の範囲は経営陣だったわけですが、今回のECCTA2023の法制化では、その範囲をシニア・マネージャー(組織活動の重要な意思決定を行う者)にまで拡大し、ミドルクラスまでも企業と同一視されるようになりました。

一方、日本の企業は社内にヒエラルキーが5層ぐらいあると言われてきました。そのような体制の中では、不祥事が起きても、実際の意思決定は現場が行っていて、経営陣は明確な指示はしていない、また、コンプライアンス体制は一応整備されており、経営陣は管理・監督過失も問われないといったことが多く見られました。

しかし、これから日本もジョブ型となり、それとあわせて、ワーク・エンゲージメントを高めるために、たとえば、組織のフラット化を進めるとすれば、どうなるでしょうか。仕事上の責任もフラット化されることになりますが、英国の法律だと、それが刑事責任を伴うことにもなります。

しかも、ミドルクラス以上はしっかりとした身元を明らかにしなければならなくなる。そういう人事環境の中では、会社側は役職員にこれまで以上に違法行為を行わせないようにするでしょうし、役職員の側も違法行為を行うと、個人として厳しく責任が問われるようになります。結果的に組織と個人の両面から、企業犯罪や不祥事は減っていくでしょう。言い換えれば、仕事とは「楽しいけど、厳しいものだ」ということではないでしょうか。

ただ、ジョブ型雇用に移行したからといって、企業犯罪を根絶できるかというと、そこは難しいかもしれません。日本企業においては、これまでの品質不正のような暗黙のノルマに依拠した問題は減少するでしょうが、犯罪類型が米国型に近くなっていく可能性があります。とはいえ、日本で現在想定されているジョブ型雇用は、簡単に解雇ができるといった前編で挙げた米国のウェルズ・ファーゴのようなものとは異なります前編参照

本来、企業活動において、企業犯罪の抑止は最終的な目的ではありません。経営と人事の一体的な改革に基づいた結果だと考えられます。日本企業として、改めて、企業の最終目的が何か、何が大切なことなのかを見つめる努力が求められていると思います。

(了)

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