【大塚和成弁護士】会社経営権争奪戦における「IRアドバイザー」という死角《後編》

買収防衛にかかる費用と利益供与罪
(#1から続く)――経営者の自己保身のために弁護士やIRアドバイザーに会社から報酬を支払うことについてはどのような問題があると言えるでしょうか。
大塚和成弁護士 例えば、暴力団のフロント企業から買収を仕掛けられた際に会社を守ることを目的として、会社から弁護士やIRアドバイザー・PRアドバイザーに合理的な報酬を支払うことが違法ということにはならないでしょう。
しかし、経営者の自己保身を目的として、多額の報酬を支払って買収者を撃退することは、経営判断として誤っていますし、総会屋への利益供与と同じように会社法上の利益供与罪(会社法120条、970条)に該当性することになりかねません。実際、会社から弁護士への報酬の支払について、経営判断の誤りを理由に役員責任追及訴訟が提起されて経営者が敗訴する判決が出ていますし(伊豆シャボテンリゾート事件の地裁判決。高裁は逆転)、企業防衛(株式買戻し工作)のためのアドバイザーへの金銭の供与が利益供与罪に該当するという判断を下した裁判例もあります(東京地判平成7年12月27日)。
株主あるいは株主が指示する者に対して会社から株主の権利行使に関して財産的な利益を供与するのが利益供与罪の典型ですが、会社法120条・970条は、利益の供与を受ける者を「何人」と定めていて株主に限っていません。経営者にとって好ましくない株主を撃退するために、会社からコンサルタントに報酬を支払うことも利益供与罪に該当する可能性があるわけです。
――プロキシーファイトを巡るルール整備の議論も行われているようです。
大塚 経営者とアクティビストが株主総会の場で意見を戦わせ、どちらがより多くの株主からの支持を獲得するかで勝敗を決するというのは、ある意味で“健全な会社運営のあり方”だと言えます。しかし、争いがヒートアップして誹謗中傷合戦になったり、経営者が会社のお金を湯水のように使ってIRアドバイザー・PRアドバイザーを通じて株主に対してアクティビストの悪い印象を植え付けるような記事をマスコミに掲載させたりするということになると株主の意思決定が歪められてしまいます。
また、IRアドバイザーが開発したという投票用紙(議決権行使書面と委任状用紙の一体型といわれるもの)が、株主の誤解を誘っていて、株主の意思決定を歪めているのではないかという問題も生じています。
経営者個人や株主が委任状を提出してくれた株主に対し、自分のお金で利益を供与することは、これまで問題視されていませんでした。個人のお金であれば会社の財産的基礎を危うくしないですし、個人は株式を買うことはできるので、“議決権を買う”こともできるという考え方です。ところが、この8月に公表された経済産業省の指針では、利益供与罪の問題とは別に、個人が自分のお金で株主に利益を供与することも「株主の意思決定を歪める行為」といえるので、防止されるべきであるという考え方が示されています。
こうした議論については、アクティビストが自分に委任状を提出してくれた株主にクオカードを贈呈して、プロキシーファイトで勝った事例があることから、そうしたことも規制したいという経営者側の意向が働いているのでしょう。このような考え方には、「株主の意思決定を歪める行為の防止」という意味で、一定の理由はあると思います。確かに、株主の意思決定が歪められれば、株主総会決議の取消事由(会社法831条1項1号)にもなり得ると思います。しかし、そうであれば経営者が会社のお金を湯水のように使って株主に過剰なアピールをしたり、株主の誤解を生みやすい投票用紙を用いることも利益供与罪や株主総会決議取消事由に該当し得ることが再認識されるべきです。
例えば、会社が株主総会の定足数を満たす等のために議決権を行使してくれた株主全員に会社のお金でクオカードを配ることは違法ではないとされてきました。しかし、それが実質的に会社提案の議案に賛成の議決権行使を促進することを目的としたものであれば、利益供与罪に該当し得ます。実際、そのような事実認定がされ、株主総会決議が取り消された裁判例があります(モリテックスの事件)。
アクティビスト側の“行き過ぎ”を問題視するのであれば、こうした経営者やIRアドバイザー・PRアドバイザーの“行き過ぎ”も問題視しないとバランスが取れず、株主総会における株主の意思決定の公正性は確保されないように思います。また、アメリカ並みに買収の当否についての経営者の権限を大きくするのであれば、判断を間違えた経営者の責任も重くしなければなりません。買収価格を高くするための交渉義務を経営者に負わせるのがアメリカですが、これまでの日本での裁判例では、そのような経営者の責任は軽い傾向にあり、バランスを欠いているように思います。8月に公表された経産省の指針には、そのようなバランスを意識した記載が見られますので、実際の運用においても、バランスが取られることが望まれます。
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