【内部通報特集#3】「公益通報対応業務従事者」重くなる“責任”と高まらない“技量”
“実戦経験”を積んでいない「公益通報対応業務従事者」
公益通報者保護法改正法施行から1年。企業の担当者レベル、すなわち「公益通報対応業務従事者」の周辺で公益通報に対する意識が高まるなか、新たな課題もいくつか生まれている。なかでも注目されるのは、企業側担当者の実務能力の問題と、通報者側の通報意識の問題だ。
各企業は外部の公益通報代行業者に委託するなどして、担当者の研修を行っていることは#2記事で前述した通りだが、一方で実際の企業内での通報件数が増えず、実際の具体的な“業務経験”が出来ないことから、結果として担当者の実務能力がなかなかレベルアップしていかないというジレンマがあるという。
『内部通報・行政通報の実務』の著書がある淑徳大学の日野勝吾教授は、相談件数について、こう分析する。
「現場担当者にとって気がかりな点として、まずひとつ言えるのは、改正公益通報者保護法施行後の通報の受付件数です。企業グループやグローバルな企業は内部(公益)通報の件数が多くなった可能性はあろうかと思われますが、一般的にはそれほど多くはないと思います。公益通報者保護法改正を受けて、さまざまな企業等へヒアリングをしていますが、総じて通報受付件数は改正前と比べて増えているかというと、“変わらない”という回答が多く見受けられる。改正法が施行されたからといって、劇的に内部通報が増えたかというと、そうでもないように思われます。また、事業者の内部通報だけではなく、行政機関への通報についても同様です。改正法のインパクトがどこまであったのか、より具体的な検証が求められますが、通報受付件数から考えると、それほど大きな変化は生じていないと思います。
改正された公益通報者保護法は、通報者を取り巻く実態等を踏まえ抜本的に見直し、機能不全が指摘されていた内部通報制度の実効性に焦点化して通報者保護を拡充させています。通報者範囲の拡大や通報対象範囲の拡大は、通報者保護の拡充に資するものであって、適切な保護への予見可能性を高めている。このように通報しやすい環境整備が徐々に進みつつある一方で、労働者等の通報意欲はそれほど向上していないと言えます」
そのうえで、企業側担当者の現状について、日野教授はこう続ける。
「実際、企業側の担当者が、受付から調査、是正措置に至るまでの内部通報に関する一連の対応プロセスを“通し”で経験している人は少ないのではないでしょうか。企業グループやグローバルな企業は別として、改正された公益通報者保護法によって守秘義務が課せられている『公益通報対応業務従事者』の方々が、今なお実務を経験する事例に遭遇していない現状も指摘できると思います。
実際の通報案件が発生した際に、その通報内容から保護対象者に当たるのか、通報対象事実に当たるのか、具体的にどのような調査を進めていけばよいのかなど、法律、指針(令和3年内閣府告示第118号)、指針の解説、社内の各種規程等に則った実務運用ができるのか、未知数であることは否めないと思っています。例えば、『避難訓練』や『模擬試験』ではありませんが、いつ通報が寄せられても適切に対応できる想定しながら、日頃より研修やグループワーク等を通じて、トレーニングすることが肝要ではないかと考えています。模擬事例を用いて、受付から調査、是正措置に至るまでのフローを確認したり、通報者への通知・フィードバックに関する手段・方法等を検討したりするなど、常日頃からのトレーニングが求められます」
スポーツに例えるのもなんだが、試合本番に備えて日々の訓練はしているものの、一向に対戦相手が決まらない状態と言えようか。普段の練習以外でも、アスリートは実際の試合で経験を積み重ねることが大切だが、練習試合すら出来ないため、試合感覚、いわば勝負勘がなかなか身につかないというわけだ。この状態でいざ本番となっても、トレーニングした技術だけで相談者と向き合うことになり、相手の出方によって臨機応変に応じるといった柔軟な対方策は到底望めない。これが公益通報者保護法改正から1年が経過した多くの企業での「公益通報対応業務従事者」の現状のようだ。
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