【内部通報特集#2】企業「内部通報」態勢整備の“壁”と社外取締役の“福音”
#1記事では、主に2022年6月の公益通報者保護法改正以前の状況をお伝えしたが、法改正以降、目に見えて変化があったのは、内部通報窓口担当者の“人数”だという。『企業不祥事と公益通報者保護法の研究と分析』著者の外井浩志弁護士(外井・鹿野法律事務所、#1記事参照)が再び語る。
「改正前は公益通報窓口担当と言えば、余程の巨大企業を除き、たとえば人事部とか総務部から1人か2人。そんな窓口体制で通報に対応しており、実際はあまり機能してこなかった会社が多かったのではないかと思います。それが改正後は、一定規模の上場企業であれば、まず1人ということはなくなりました。窓口担当者は通報を受け付けて終わりではなく、通報者からヒアリングをしなければならない。1人で通報者の話を聞くのは好ましくないですから、複数の人間、たとえば4~5人のチーム作ったりしています。さらにもっと調査をしなければならない場合は、外部の弁護士とか第三者的な立場の人間を入れて、きちんと調査して審議するような仕組みを作っている会社も出てきた。人数が増えたことで、これはやる気だなという姿勢が見えてきました」
近年、企業経営層による不祥事も散発している。これまでであれば、公益通報窓口で通報を受け付け、その情報がすぐに“下手人”たる役員に流れてしまい、通報自体が揉み消されてしまうケースが問題視されていた。このため改正後は、経営上層部が関与している疑いのある不正・不祥事情報に限って通常窓口とは別ルートの窓口を新たに作って対応している企業もあるという。
内部通報窓口“体裁を整えただけ派”と“機能させたい派
公益通報者保護法改正後、企業の担当者レベルで活発な動きがあったことは、内部通報現場の関係者による証言からも裏付けられる。内部通報業務に詳しいコンサルティング会社幹部もこう語る。
「内部通報業務をめぐる現場の肌感覚から言いますと、日本を代表するような大企業は2006年の公益通報者保護法施行時点から態勢整備に取り組んでいるので、2022年に法改正がなされたから慌てて何かをするということは、基本的にありませんでした。実際、企業の通報窓口担当者とお会いしても、『全く進んでいなくて困っている』といったことは、まずなかった。むしろ、既存の通報受け付け態勢があったうえで、『うまく機能しているかどうかわからない点があるから、今一度、検証したい』という課題認識が多かったですね。お会いする担当者の方々は概ね意識が高いという印象です。なかでもコンプライアンス部門の担当者の意識は相当高くなっています」
概して、内部通報に対する意識の高い企業は、“中枢”と言える経営企画セクションが窓口の運用にも細心の注意を払っているケースが多いという。一方、公益通報者保護法改正法の施行を睨んで、内部通報窓口を立ち上げた企業では、ちょっとした混乱も発生したようだ。当事者企業のコンプライアンス担当者が打ち明ける。
「弊社は比較的創業も古く、良くも悪くも牧歌的で、正直、経営層は内部通報の窓口整備については無頓着でした。ただ、2022年の公益通報者保護法改正法施行に当たり、中途入社の幹部の提言もあって、半信半疑ながら、態勢を改めて整備することにしたのです。すると、予想に反して、パワハラ、セクハラといったハラスメント絡みの内部通報が舞い込み、社長以下、経営陣は頭を抱えてしまいました」
態勢を整備した副作用というべきケースだが、総じて企業としては窓口を作ったという体裁だけを掲げたい派と、しっかり機能させたい派の2つに分かれているようだ。
業種・業界、IPO、経営者……「内部通報」態勢整備の“温度差”
また、内部通報態勢に関しては、業界別でも本気度に濃淡があるという。先のコンサルタントが解説する。
「生産拠点を持つメーカーが、内部通報に関する理解は一番進んでいるという印象があります。製造業では積極的に海外に進出している企業も多く、とりわけ、グローバル展開する大手メーカーからは国内のみならず、海外からも積極的に内部通報を受け付けたいという明確な意思を感じます。というのも、近年、大企業の経営課題として、海外子会社・拠点のリスクマネジメントの問題があります。どうしても、日本から離れた各国の拠点は本社の目が行き届きにくい。内部通報の態勢整備は、ワールドワイドなリスク情報の収集という側面もあるのです」
一方、横のネットワークが強いコンプライアンス担当者の間では、こと内部通報窓口に関しては不動産、医療・介護系企業の存在感が薄いという。また、金融機関については、自前で態勢は整備しているものの、外部のベンダーに運営を委託するケースは少ないようだ。あるメーカーの内部通報窓口担当者は、「金融機関、特に銀行などにおいては、内部通報は会社の機微に関わる“門外不出の問題”という認識なのでしょう。もちろん、そのような考え方を否定するつもりはありませんが、外部ベンダーの協力を仰ぐことによって、自社の通報窓口の立ち位置が客観的にわかるという利点は大きい。自前主義にこだわり過ぎると、どうしても“自閉”してしまいがちなセクションですから」と指摘する。
内部通報窓口の現場レベルが真摯な対応を迫られれば、当然、担当者にはこれまで以上のスキルが求められる。通報窓口など、体制は作ったものの、通報を受けて担当者が何をしていいのか分からないのでは話にならないからだ。実は公益通報者保護法改正前、内部通報関連の外部受託業界では、改正前は社員300人前後、あるいは300人を超える可能性のある企業から駆け込み需要があると期待していたが、新型コロナウイルス禍の影響もあってか、窓口外部委託の相談件数は思ったほどは伸びなかった。代わりに需要が高まったのは、担当者向けの研修だったという。内部通報窓口の外部ベンダーである受託大手幹部が話す。
「特に、窓口の担当者の人たちが通報を受け付けた後の具体的な実務面での研修です。公益通報者保護法改正法施行前後の2022年春ごろから依頼がかなり伸びました。背景には、本社から見たときのグループ会社の担当者の経験値がなかなか上がらないという実情があります。改正法施行後に、グループ会社担当者が自分たちで手立てを打たなくてはいけない状況が生まれ、新たに作った窓口の担当者の研修相談が相次いだのです。本社から、グループ会社のことを相談されるケースも相次ぎました」
このほか、公益通報者保護法改正後の環境変化で目立っているのは、IPO(新規上場)関連での相談だという。このパターンは、直接の改正法からの動きではなく、将来の株式上場を見据えた「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)からの要請で、ゼロベースから窓口を設置したいという企業経営者の思惑があるようだ。社員数50~60人程度の比較的小規模のスタートアップ企業で、改正法では内部通報窓口の体制整備が義務化されていない企業からの相談が多いという。おそらく、主幹する証券会社がスタートアップ企業に何らかの助言をしているとみられるが、いずれにせよ、若い経営者が上場前の経営課題として公益通報に関心を寄せている実態が浮かび上がる。
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