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【オリエンタルランド秘史#17】ディズニーランド建設費膨張に「三井不動産」最後の横槍

担保の役割を果たした千葉県知事の「覚書」

  • 高橋政知 オリエンタルランド第2代社長。1913年生まれ。東京帝国大学法学部卒。61年、オリエンタルランドに専務として入社。浦安漁民の漁業権放棄交渉をまとめ上げた。初代社長の川崎千春(京成電鉄社長を兼務)の後を受けて78年、社長に就任。東京ディズニーランド建設に大株主の三井不動産などが猛反発する中、ウォルト・ディズニー・プロダクション(当時)と独断で基本契約を締結するものの、建設資金の調達が暗礁に乗り上げる。
  • 川上紀一 千葉県知事(1975~81年)。1919年生まれ。東京帝国大学法学部卒。44年内務省入省。「開発大明神」と称された友納武人・千葉県知事のもとで副知事を経て75年、東京ディズニーランド誘致を公約にして知事に初当選。
  • 沼田武 千葉県副知事、のちの知事(1981~2001年)。1922年生まれ。東京帝国大学文学部。46年千葉県庁入庁。75年、川上紀一知事のもとで副知事に就任。東京ディズニーランド計画に苦慮する高橋に協力する#14#16参照
  • 江戸英雄 三井不動産会長。1903年生まれ。旧制水戸高校を経て、東京帝国大学法学部卒。1955年に三井不動産社長に就任。オリエンタルランド創設の立役者の一人。74年に坪井東に社長職を譲って会長に就任。
  • 坪井東(はじめ) 三井不動産社長。1915年生まれ。東京商科大学(現一橋大学)卒。38年三井合名入社。オリエンタルランド創設の立役者の一人、江戸英雄の後を受けて74年、三井不動産社長に就任。東京ディズニーランド計画に難色を示し続ける。

正月休みが明け1980年の最初の月曜日を迎えた1月7日、千葉県とオリエンタルランドの間で「東京ディズニーランド(TDL)事業推進に関する覚書」が取り交わされた。1番目は「千葉県がやむを得ないと認めた場合、オリエンタルランドが浦安に所有する63万8000坪のうちTDL用地25万2000坪、ホテル用地7万4000坪、保留面積11万2000坪を除いた20万坪について、遊園地用地としての利用制限を解除する」という内容。さらに2番目には「それでも不十分の場合、保留面積の利用制限も解除」と付け加えられた。つまり、TDL事業が立ち行かなくなったら、約31万坪を住宅地として売却しても構わないというのである。

覚書をつくるにあたって、千葉県知事の川上紀一は非常に慎重だった。文書化すれば証拠として残る。県議会でオリエンタルランドとの癒着だと攻撃されるのを心配した。尻込みする川上の背中を押したのは副知事の沼田武である。前年春、沼田はオリエンタルランド社長の高橋政知と資金調達のためにいくつもの銀行を駆けずり回り、一緒に頭を下げた#14参照。孤軍奮闘する高橋の姿を目の当たりにした沼田は、この事業をなんとしても成功させなければならないという思いを強くしていた。渋る川上に沼田は「自分が責任を持ちます」と説得した。ここまで言われれば、川上も折れるしかなかった。そもそも、ディズニーランド誘致を掲げ知事に当選したのだ。計画を失敗させるわけにいかない立場なのは高橋らと同じだった。

この覚書の内容が実際に行使されることは一度もなかったが、その威力は絶大だった。高橋が独断でウォルト・ディズニー・プロダクションズ(DIS=現ウォルト・ディズニー・カンパニー)と基本契約を結んだことに怒っていた銀行各行が手のひらを返すように態度を変えたのである。覚書自体が担保の役割を果たし、融資に前向きな姿勢を見せ始めた。そして1980年8月ついに、銀行22行による協調融資団が発足。当面の資金として650億円を融資することが決まった。

幹事行には、唯一当初から支援に前向きだった日本興業銀行(現みずほ銀行)に加え、TDL計画反対の急先鋒と目されていた三井信託銀行(現三井住友信託銀行)も名を列ねた。三井不動産を中心に計画を壊すことに腐心してきた三井グループとしても、勝ち馬に乗らないわけにはいかなかったのである。

「公式スポンサー」を募って資金調達

しかし、勝ち馬といってもゴールを約束されていたわけではなく、TDL計画はまだ落馬するリスクを抱えていた。1980年12月にTDLの建設がスタート。当初、総工費1000億円の予定で始まった工事はあっという間にそのラインを超えた。高橋政知が「カネは惜しむな。ロサンゼルスのディズニーランドやフロリダのディズニーワールドに負けないものをつくれ」と号令をかけていた。さらには、経費を一切負担しないDISが派遣したデザイナーが細かい注文を出し、工事費はみるみる膨らんでいった。最終的に総工費は1800億円を超えた。

錦の御旗ともいうべき覚書のお陰で協調融資団が融資をストップするようなことはなかったが、高橋はもうひとつ安全弁をつくっておく必要があると考えた。オリエンタルランドに新たに常務として迎え入れた電通の元PR局長、長谷川芳郎に知恵を絞るように命じた。そこで捻り出されたのがいかにも広告代理店らしい方式だった。これから完成するTDLの主要アトラクションのひとつひとつに別々の公式スポンサーを募る参加企業制度を導入したのだ。

ただ、それは長谷川が経験してきた電通の手法とはだいぶ異なっていた。スポンサーになれる企業を1業種1社に限ったのである。欧米の広告業界では常識だが、日本では電通など大手広告代理店が1社で同業種のライバル企業を複数担当するケースが多々見られる。世界的ブランドを抱えるTDLでは国際基準に従うべきだと判断したのだ。

だが、公式スポンサーに名乗りを挙げる企業はなかなか現れなかった。参加企業制度に馴染みがなかったのだ。そこで動いたのが財界の重鎮である三井不動産会長の江戸英雄だった。社長の坪井東はTDL計画をことごとく邪魔してきたが、高橋をオリエンタルランドに引き込んだ江戸してはなんとか手助けをしなければという気持ちがあったのだろう。松下電器産業(現パナソニックホールディングス)の創業者、松下幸之助に協力を要請。同社が公式スポンサーに就くと、次々に参加を表明する企業が出てきた。

TDL開園を1年半後に控えた1981年10月、公式スポンサーに15社が決まった。松下電器以外の14社は以下の通り。上島珈琲、講談社、そごう、服部時計店、ユーハイム、キッコーマン、トミー工業・トミー、日本コカ・コーラ、日本石油、ハウス食品工業、富士写真フイルム、プリマハム、明治乳業、ブリヂストンタイヤ(いずれも当時の社名)。広告料はアトラクションの種類によって数億~35億円。400億円の収入を確保する計画だった。その後、麒麟麦酒、日本航空が公式スポンサーに加わった。

だが、開園に向け順風満帆だったわけではなかった。工事費が1200億円を超えた時、三井不動産社長の坪井は高橋に「総工費1300億円以上は絶対に認められない。米国に行って了承をもらってきてくれ」と言い出した。まだ茶々を入れてくるのかと憤慨した高橋は千葉県知事になっていた沼田武に愚痴をこぼした。坪井を呼びつけた沼田は「もう少しで完成という時に冷や水を浴びせるようなことを口にするべきではない」とたしなめた。以降、坪井が高橋に文句をぶつけてくることはなくなった。

オリエンタルランド本社(浦安・舞浜)の朝の光景。
仕事を終えた従業員が続々と出てくる

(文中敬称略、#18に続く

シリーズ#1はこちら 最高益も非正規雇用の賃上げはご…
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