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第7回【岩田喜美枝×八田進二#1】厚労省から資生堂副社長へ「女性活躍推進計画」も策定

プロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第7回のゲストは、旧労働省と厚生労働省で雇用均等・児童家庭局長などを歴任、退官後は資生堂の副社長、経営再建下にあった日本航空(JAL)で社外取締役を務めた岩田喜美枝氏。現在も味の素の取締役会議長を務めるなど、官界は元より、民間企業においても執行側、監督側双方での豊富な経験を持つ。そんな岩田氏が語るガバナンス論とは――。

資生堂時代に活きた「官僚時代に培った新しい仕事への適応力」

八田進二 お久しぶりです。岩田さんとは再建後のJALでご一緒させていただいて以来、ずっと注目させていただいておりました(岩田氏と八田教授は2012年6月の定時株主総会でJALの社外取締役と社外監査役に就任、岩田氏は2018年6月まで、八田教授は2020年6月まで務めた)。

岩田喜美枝 ありがとうございます。光栄です。

八田 岩田さんは官界でのご経験だけでなく、民間での経験も実に豊富です。旧労働省を含め、厚生労働省時代の岩田さんというと、1986年の男女雇用機会均等法の制定にも関わられ、日本における“働く女性支援制度の先駆者”というイメージです。ILO(国際労働機関)の日本政府代表も務めておられましたね。

岩田 ご存知のとおり、霞ケ関の公務員は次々と異動していきます。1つの部署で基本的に2年間、短い時は1年間というサイクル。私が現役のときは、自分が「こういうキャリア形成をしたいから、あの部署に行きたい」「あんな分野の仕事がしたい」という希望が実現することなど考えられなかったですね。実際、私も32年の間に17回異動しました。そのうち5回は女性労働の関係でした。ですから、女性労働関係の仕事は2年ずつ5回ですから、トータル10年やったことになりますね。国際労働問題関連の部署は4回行きましたから、こちらは8年ですね。

八田 17回も異動されたというのはすごいですね!

岩田 そうなんですよ、でも普通のことです。

八田 それだけ多岐にわたるご経験をされているからこその蓄積なのでしょうか。民間企業で活躍されるなかで、公務員時代に培った知識は役立っているのではありませんか。

岩田 専門的な知識が蓄積できたかというと、そうでもないんです(苦笑)。何しろ短期間で異動しますから。今、公務員時代の経験で活かせていることがあるとしたら、それはおそらく新しい仕事を恐れないとか、やったことがない仕事に短期間でキャッチアップする順応力といった点かもしれません。着任から1カ月くらいで、もうその仕事を何年もやってきたかのような顔をしていなくてはいけないという環境でしたから(笑)。

八田 なるほど。私も金融庁や経済産業省、財務省などで審議会等の委員を拝命する機会がありましたが、確かに、キャリア官僚は異動が頻繁ですね。でも、着任されて1カ月もすると、もうほぼその分野のエキスパートになってしまう。その能力は本当にすごいなと感心していたんです。やはり、みなさん、そういう人事サイクルのなかで鍛えられてるんですね。

岩田 確かに、そういう面はあるかもしれません。

八田 だからなんですね。厚労省を退官されて最初に就かれたのが資生堂の執行側での仕事でしたよね。それまで携わってこられた仕事とは全く違う内容であるはずなのに、しっかりと成果を出されました。資生堂にはどういったご縁で?

岩田 私は香川県の県立高松高校出身なんですが、2003年に役所を退職して再就職先を探すなかで、当時の資生堂の社長が同じ高松高校の先輩である池田守男さんで、そのご縁を頼って使っていただけないか、お願いしたら採用していただけたんです。

岩田喜美枝氏(撮影=矢澤潤)

八田 資生堂での最初の仕事は?

岩田 CSR部長です。2003年6月のエビアン・サミットでCSR(企業の社会的責任)がG8の経済課題として盛り込まれたことなど、CSR関連の記事を新聞でよく目にするようになりましたし、CSRの部署を新設する企業も現れました。だから、2003年は「CSR元年」と言ってよいと思うのですが、資生堂もCSR部を2004年に新設しまして、その誕生したばかりのCSR部の初代部長を拝命しました。

八田 あの当時のCSR部だと、かなり手探り状態ではなかったのでないでしょうか。具体的に何をするかというのが明確になってはいませんでしたから、とりあえず部署を新設しただけという会社も多かったように記憶しています。

岩田 おっしゃるとおりです。CSR部の責任・権限について規定した文書もなく、「16人の部員をどう使ってもいいから、自由にやれ」と。役所は各省ごとに設置法があって、それに基づく施行令や施行規則があり、権限と責任が明確に決まっています。逆に言えば、権限を越えることはやってはいけないんです。ですから、民間企業は本当に自由なんだなと思いました。

八田 CSRというのは部門横断型の業務ですから、自由度が高くないと、部門として機能しない。資生堂の経営層の方々はそのことを理解しておられたということでしょうか。

岩田 組織図上では社長直轄になっていましたから、みなさん、ここが組織横断型の役割を担うことは理解していたと思います。着任時点で「何でもやっていい」と言われましたが、実際、そのとおりでした。私は、「CSR戦略」を立案するだけではなく、「女性活躍推進計画」も策定したのですが、これは本来、人事部のテリトリーの業務です。でも、人事のほうでは私の役所での経験に敬意を払ってくださって、「どうぞお願いします」と言っていただけたんです。

八田進二・青山学院大学名誉教授

「数値目標」成功のカギは女性育成を急ぐこと

八田 私は資生堂に対しては、かなり昔から「女性活用では最先端の会社」というイメージを持っていました。しかし、岩田さんが参加されて以降そういった計画を策定されたということは、その実、そうでもないということだったんでしょうか。

岩田 もちろん日本企業一般の水準と比較したら、トップクラスではありました。1990年代、福原義春さんが社長を務めた10年間に一大改革を実施しましたから。私が入社した当時は一気に4人の女性支社長を誕生させていました。経験や実力が物足りないと見られた人も含まれていたのですが、そのくらいの荒療治をしないと、壁は破れないと考えられたのでしょう。

八田 「クオータ制」(格差是正のために行うポジティブ・アクションのひとつで、マイノリティへの割り当てを強制的に行わせる手法)と同様の考え方ですね。結果はいかがでしたか。

岩田 全員が支社長として高い評価を得たわけではありませんでした。期待に応えられなかった人もいました。やはり、しっかり経験を積んでもらい、力をつけてから登用しないと貴重な人材を潰してしまいかねないということを痛感しましたね。

八田 それから20年経ったいま、資生堂は取締役10名中3名、監査役5名中3名が女性で、このうち取締役1名、監査役1名は内部昇格です。時代の最先端を歩む資生堂は人材のプールが出来上がっているのだと思いますが、一方で、20年前の資生堂のように、女性を登用しようにも人材自体が育っていないという企業は多いと思います。

ですから、クオータ制という話になるわけで、内閣府の男女共同参画会議が「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」でも、東証プライム上場企業は2030年に女性役員比率3割という目標が示されました。岩田さんはクオータ制度についてはどういうお考えをお持ちですか。

岩田 「3割目標」には賛成です。ご存知のとおり、プライム市場上場企業で女性役員比率3割というこの話は、突然出てきた話ではなく、当時の安倍(晋三)首相が2012年に経済界に要望したことが起点になっています。最初は全上場企業に女性役員を最低でも1人は置いてほしいというところから始まっていて、そこから目標を10%、20%と上げてきて、ようやくここまで来たという感じですね。ただ、これは政府がこのような社会を実現したいとして掲げている目標でしかなく、企業に一律に義務付けるクオータではありません。クオータでないとしても、全上場企業に適用される「コーポレートガバナンス・コード」に加えていただけると、実効性はもっと上がるのではないでしょうか。

岩田喜美枝氏

八田 ただ、“逆差別”だという批判もありますよね。 

岩田 クオータ制度は、格差是正を早くやるための手法ですから、最初のうちは、女性優遇、すなわち男性差別が起きます。そのポストにもっと相応しい男性候補がいたとしても、クオータを達成するために女性をそのポストに就かせることになるからです。そもそも、クオータ制は、社会変革を早く実現するための、“時間稼ぎ”の制度です。だから、経過的には女性優遇をしてでも急いで変革することの方が大切なんだという社会的なコンセンサスがあれば導入できますが、日本にはその合意はありません。

日本の女性活躍推進法等で導入されている数値目標は、クオータではなく、努力目標であり、女性の育成目標です。女性優遇をしなくても目標が達成できるよう、大事なことは、育成を急ぎ、しっかり経験を積ませて実力をつけさせることです。実力がまだ十分ではない人を取締役などにしておきながら、何もサポートせずに、結果が出ないと「やっぱり女はダメだ」という結論を出すような展開だけは絶対に避けなければいけません。

八田 欧米でもクオータ制への対応は分かれているようですね。欧州では比較的採用されている一方、米国ではほとんど採用されていないようです。

岩田 米国では実力主義が徹底されていることもあるとは思います。クオータはEUを中心とする欧州で採用されています。その結果、役員や管理職に占める女性比率は欧州のほうが米国よりも高くなっています。

実は私が資生堂に採用された理由も、当時の資生堂の経営陣が、早く女性の取締役をつくらなければいけないと考えていたかららしいのです。というのも、どうやら、その当時、株主総会で株主から「壇上(取締役)に女性がいないのはおかしい」と指摘されていたようなんです。

八田 今でこそ、女性の取締役が1人もいない会社の経営トップに、取締役選任議案で反対票を投じるよう議決権行使助言会社が提言したりするようになりました。その点、資生堂には20年も前にそんな指摘をする株主がすでにいて、経営層もそうした指摘に真摯に耳を傾けたということなんですね。

#2に続く)

八田進二教授の「岩田喜美枝氏との対談を終えて」

岩田氏とは、2010年に経営破綻したJALが、2012年に再上場したときの取締役会で初めてお会いした。同氏は社外取締役として、私は社外監査役ということで、独立の立場から経営を監視・監督するという使命を共有することになったのである。同氏は、厚生労働省退官後、資生堂に入社され、執行役員CSR部長等を経て副社長に就任された経験から、多くの上場会社において、社外取締役を務めてきておられる。

JALの取締役会では、毎回、的確な質問や提言等を発せられる姿を間近で見て、あるべき社外取締役の見本を見た気がしたのである。それは、発言の内容は当然ながら、会社の実態についての詳細を理解したうえでの、ガバナンスに関する公正な視点からの提言および助言であり、会議自体の信頼性を高めることにも貢献されていたのである。

わが国では、今でこそ、女性活躍が声高に標榜されるようになってきており、同氏の活躍は、その最先端に位置するものであるが、それは、ご自身の育った家庭環境でのお母様から受けた教えに大きく依存しているようである。つまり、生活の基盤となる収入を夫である男性にのみ依存するのでは、万が一の時に幼子を抱えて路頭に迷う恐れがあるということ。したがって、女性も、生涯にわたって収入が得られる仕事を持つことが極めて重要だという教えを実践されてこられたのである。と同時に、そうした職業や仕事を通じて、自身の経験と能力を高める努力を続けることの喜びを感じ取ることができてきたものと思われる。

社外取締役に就任されるときに心することとしては、「その会社が好きになれるか、そして、会社の発展にどこまで貢献できるか」を自問されているとのことであった。官民双方での貴重な経験を有したうえでの、社外取締役の職務遂行は、まさに、同氏のために用意された制度ではないかと思われる。印象的な言葉として、最後に一言、「やはり、仕事が好きなのでしょうね……」と。

第7回「岩田喜美枝×八田進二」#2に続く

八田進二教授 岩田喜美枝氏

【ガバナンス熱血対談 第7回】岩田喜美枝×八田進二シリーズ記事

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