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第7回【岩田喜美枝×八田進二#2】社外取締役を引き受けるかは「その会社が好きになれるか」

会社を挙げての「企業理念」の実践が不正を防ぐ

八田進二 第7回#1から続く資生堂ではもっぱら執行側で活躍され、資生堂としては女性初の代表取締役副社長も務められましたが、キリンホールディングス(HD)では社外監査役として執行側を監督する立場にも回られました。現在は味の素、住友商事、りそなHDの3社で社外取締役を務めておられます。執行側、監督側双方での実績を積まれた岩田さんが考えるコーポレートガバナンスとは何でしょうか。

岩田喜美枝 やはり、コーポレートガバナンスとは、企業の中長期的な価値を向上させるための経営の基盤、それも非常に重要な基盤だと考えています。そして、その企業価値の向上には2つの側面があって、ひとつは企業価値の毀損を防ぐこと。もうひとつは文字どおり、企業価値を高めること。毀損を防ぐためにはリスクの顕在化の防止が必要になるわけですが、一方、高めるためには適切なリスクテイクも必要だと考えています。

八田 なるほど。そのことは岩田さんが社外取締役を務めていられる会社の経営層と認識は一致していますか。

岩田 認識はしっかり共有できていると思います。問題は、強いて言えば、取締役会の議題のなかで、企業価値の毀損を防ぐための議題は、企業価値向上のための議題と比較して、議論が弾まないことなんです。

八田 ああ……よくわかります。取締役会や経営会議の場が、喧々諤々の議論を戦わせる場ではなく、きれいに根回しが済んでいる結論をみんなが確認する場になってしまっているんでしょう?

岩田 それとは事情がちょっと違うのです。私は経営会議の議事録をよく読むようにしているのですが、企業価値の毀損防止に関する議題は、経営会議の場でも議論を戦わせた形跡があまり見られません。

八田 たとえば、リスクの防止策。その種の後ろ向きに考えられる内容の検討については、嫌がる経営者は多いと思いますね。議論が細かいルールを決めていく話になりがちですから、入口から拒否反応があって、あまり突っ込んだ議論をしたくないという心理が働くようです。

岩田 私も、リスクを防止する議論が細かいルール作りになっていくことを支持しているわけではありません。不祥事を起こさないための完璧なルールを作るとなれば、多数の細かいルールによる重装備になってしまいますから。それよりは企業文化を深く、豊かに耕しておくことのほうが大事だと思っているんです。企業理念は、額縁に入れて社長室に飾っておくものじゃない。企業理念が経営者はもちろんのこと全社員によって実践され、社員一人ひとりの生き方と会社の理念とが重なるようであれば、不祥事は起きないでしょう。

私が社外取締役を務めている住友商事では「即一報」という言葉をスローガンにしていまして、“バッドニュース・ファースト”で、原因分析ができていなくてもいい、再発防止策の検討も後でよい、とにかく問題を把握したら、速やかに上に「一報」を入れること、このような文化を作ろうとしています。企業文化を作ることは経営者でなければできない仕事です。ルールでがんじがらめにするよりは、このほうが効果的だと思うんです。

八田 私もそう思いますね。最近は「パーパス経営」という言葉をよく耳にするようになりましたが、企業の社会的な存在意義を明確にして、どうやって社会に貢献するのかの道筋を経営者自ら示して社員にも浸透させる。経営者はこれができなければいけませんね。そういう経営者を生み出すためには、やはり、経営者に一言モノ申せる人が会社のなかにいる必要がある。その役割を担っているのが社外取締役や社外監査役でしょう。

岩田喜美枝氏(撮影=矢澤潤)

思考停止状態でガバナンス・コードを“遵守”していないか

八田 ところで、岩田さんは多くの企業から社外取締役への就任要請を受けておられるのではないかと思うのですが、オファーを受ける基準のようなものをお持ちでしょうか。

岩田 そうですね。私はお引き受けするかどうかの基準を3つ持っています。まずは、その会社が好きかどうか。その会社の役に立ちたいと思うかどうかです。お引き受けしたからには、自分のそれまでの経験を総動員してお役に立ちたいと努力をします。取締役会では積極的に発言するように心がけています。反対意見がある場合でも遠慮なく発言するのが社外取締役の務めだと考えています。

2つ目は、その会社が社外取締役に何を期待しているのかです。言い換えると、「気づいたことがあれば、何でも言ってください」と言っていただける会社かどうかということです。数合わせのためだけに招聘され、「何も発言しないでほしい」というのがホンネの会社では、お引き受けする意味がありませんから。私はWCD(Women Corporate Directors)にも所属していまして、そこでお会いする女性社外取締役のなかには、執行側の方針に異議を唱えたり、耳障りな意見を言ったりすると歓迎されないという悩みを持っている方もいます。

八田 先般の東京五輪組織委員会の場合はその典型でしたからね。

岩田 まさに。私がお引き受けしている会社は、本当にやりがいがあります。経営陣、特に社長が一生懸命話を聞いてくださいます。しっかりメモもとられて。だから、もっとお役に立たねばという気持ちになりますね。

そして3つ目は、時間的に可能かどうかです。取締役会や株主総会の日程が重ならないことは当然として、社外取締役に期待される役割はどんどん大きくなっていますから、時間的な負担が増えています。その時間がとれるかどうかです。

八田 ところで、岩田さんは「コーポレートガバナンス・コード」はどう評価されていますか。少し前まで、日本を代表するグローバル企業が社外取締役に否定的でしたが、今では社外取締役は当たり前になりました。そのきっかけを作ったのは、やはり、社外取締役を置くことを求めたコーポレートガバナンス・コードだと思うんですよ。コードは法律ではないから違反しても罪にはならないし、従う義務もない。しかし、一旦、コードが適用されるようになったら、それまで社外取締役に否定的だった大企業が一斉に社外取締役を入れ出しました。

岩田 私は、コードは日本の風土に合っていると思っています。コードは官主導で策定したわけですが、日本の大企業の経営者の方は、法令遵守は当然として、行政指導にも従う傾向にあります。加えて、業界横並びの意識がものすごく強い。だから、2015年のコードの導入以降、一気に流れが変わったんだと思います。ただ、横並びですから、みなさんが、すべての項目についてコンプライ(従う)を目指すことになっているのは気がかりです。

八田 そうそう。コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば、説明せよ)なのにね。従っていないのなら、その理由を説明すればいいはずなのに、コンプライ一辺倒になっちゃいましたね。

岩田 「とりあえず一度はコンプライしてみよう」はアリだとは思うんです。で、やってみて違うと思ったら、変えたらいいはずなんです。さらに、コーポレートガバナンス・コードも改訂を繰り返すうちに、細かいルールが次々加わってきました。そうなると、企業側は「今度、コードがこう変わるから、これに適合するためには、ウチの会社のここを直さないと」とか、「新しくこういう仕組みを作ろう」というほうに行ってしまう。

ちょっと思考停止状態に陥っているのではないかと心配してしまいます。コードが自分の会社の目指す方向性に合わないのであれば、コンプライせずに、エクスプレインするというのが正しい方向性でしょう。それをしないのは、どういうガバナンスのスタイルが自社にとって最善なのかという突っ込んだ議論をしていないからだと思います。

八田進二・青山学院大学名誉教授

“基準”を変えれば社外取締役適任者は格段に増える

八田 ところで、社外取締役が当たり前の存在になるなかで、社外取締役候補者の人材不足は深刻化しています。特に女性の社外取締役の適任者は本当に少ない。

岩田 実は私は、企業が思い描く社外取締役像を少し変えるだけで随分と候補者は広がるのではないかと思っています。プライム市場に上場している企業の場合、需要が集中するのは、同じプライム市場に上場している会社の役員(特に社長)経験者です。その結果、社外取締役は60歳代以上の人が圧倒的に多いのです。しかし、このような経験者のなかには女性はほとんどいないのです。対象者をプライム市場企業出身者以外に、外資系企業に拡大する、起業家にも拡大する、また、40・50代でもよいと考えれば、女性の層もずいぶん厚くなってきています。このように選考の基準を見直せば、女性人材がいることに気が付くのではないでしょうか。

八田 なるほど。

岩田 加えて、社長を退任した後、会長として会社に残る人が減れば、もっと人材は増えるでしょう。社長にモノ申す役割の社外取締役として、他社の社長経験者は良い候補者です。後進に社長の座を譲った後は、会長等として会社にとどまったりせずに、社外取締役として他の会社のガバナンス向上に貢献していただきたいものです。こうすることで、社外取締役の候補者は一気に増えるのではないでしょうか。

八田 社長退任後に、同一会社に残るのを禁止すべきですよ。それにしても、日本社会は、普通の従業員から経営トップまで横への移動は少ないですよね。特に専門的な知識を持っている方が他の企業や組織に移るようなことがないと、企業社会も活性化しないはずですし、日本経済の成長も覚束ない。ただ、うがった見方をすると、社長経験者を社外取締役として受け入れると、企業の事務方の腰が引けてしまうのでは? 大物に「時間をください」なんて言うのも遠慮してしまうこともあるかもしれません。

岩田 受け入れ側の企業は遠慮してはいけませんね。また、引き受ける方も、その企業のためにきちんと時間を用意しないといけないはずです。それが社外取締役を引き受けるということでしょう。

八田 ところで、私は常々、社外取締役も株主総会で発言すべきだと考えています。社外取締役をお客さん扱いする会社が多いですが、法律上負っている取締役の責任は社内も社外も同じでしょう? それなのに、たとえば不祥事が起きると、記者会見に出てくるのは執行側の取締役ばかりで、ひどいときには、社外取締役は「そんなヒドい会社だと思わなかった」などと、自分は関係ないと言わんばかりにさっさと辞任してしまう。 

岩田 私も全く同感です。責任を負っている以上、株主総会などの場で社外取締役も発言するべきです。ただ、社外取締役に遠慮をするのか、あるいは、間違ったことや余計なことをしゃべられたくないのか、社外取締役にはできるだけ発言させないようにする会社は結構ありますね。

八田 岩田さんは社外取締役として発言されたご経験はありますか。

岩田 私の場合、時々あります。株主総会の報告事項は、基本的にすべて、社長が説明します。質疑応答でも、社長を中心に、細かい説明は管掌の社内取締役が対応しますが、説明するテーマによっては社外取締役のほうが適任という場合もあると思います。味の素では議長をしていますが、今年2023年の株主総会では冒頭の社長報告の後で、ガバナンスに関しては私から報告しました。他社の株主総会でも質疑応答の際に指名をされて発言したことは何回かあります。

株主総会の場以外でも、社長交代の記者会見は新旧の社長が発言するのが普通ですが、指名委員会が設置されている会社なら、指名委員会委員長がやったほうがよいのではないでしょか。味の素ではそのようにしました。

八田 上場会社は株主と建設的な対話をしなさいと言われているのですから、執行側が阻止したりしないで、どんどん発言させるべきだと思いますよ。

それにしても、今回、岩田さんのお考えを聞いて、本当の意味での社外取締役のあるべき姿だと思いました。今後もお仕事は続けられていくおつもりですか?

岩田 お役に立てるうちは続けさせていただきたいですね。私が仕事を続けてきた背景には、専業主婦の母に「女性も経済的に自立すべきだ」と繰り返し言われてきたことと、学生運動が激しかった時代に学生時代を過ごしたというのがあります。今思えば、青い議論だったのでしょうけど、どうすれば世の中を良くできるのかなどと、授業そっちのけで議論していたような時代でしたから、その影響を受けて、職業を通じて、世の中を良くすることのお役に立ちたいという職業観を持つようになりました。だから、元気な間は仕事を辞めるという選択肢はありません。と言っても、やっぱり、仕事が好きなのでしょうね(笑)

八田 よくわかりました。本日は長時間、そして貴重なお話をありがとうございました。

岩田喜美枝氏

【ガバナンス熱血対談 第7回】岩田喜美枝×八田進二シリーズ記事

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