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第2回【塩崎恭久×八田進二#2】「日本版ガバナンス改革」は本当に機能しているのか

第2回#1から続くプロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに語り尽くす大型対談連載。シリーズ第2段のゲストは、政界きっての政策通で知られ、2021年10月に28年間に及ぶ国会議員生活に終止符を打った前衆議院議員の塩崎恭久氏。その議員時代はまさに日本経済の「失われた30年」と重なる。そんな激動の時代の中で塩崎氏は何と苦闘し、何を実現し、何を目指したのか――。その第2回は、塩崎氏が主導したコーポレートガバナンス改革をめぐって。果たして日本企業はそのガバナンス改革を自らのものに体得しているのか、あるいは、“見せかけ”だけに終わっていないか。

塩崎恭久氏(撮影=矢澤潤)

政治信条は「日本経済の国際競争力の回復」

八田進二 塩崎先生が1993年の総選挙で初当選されてから5年ほど経った1990年代末の時期は、株式市場低迷の影響を受け、企業年金の運用環境が大きく悪化していましたね。その結果、確定給付年金制度が維持できなくなって、401K(確定拠出年金)制度導入に向けて動き出したのも、この時期になります。

塩崎恭久 そうですね。橋本政権下で手を付け、推進派の議員連盟も立ち上がり、私もそこに参加していました。長勢甚遠さん(元法務大臣)が試案をまとめたときは、確か、すでに小渕政権になっていました。2000年に上場企業のバランスシートに計上される企業年金、退職金の負債超過額に国際会計基準が導入されて、法案が成立したのは小泉純一郎さんの首相就任直後の2001年5月です。

1999年末当時の日本人の個人金融資産残高は約1400兆円弱でした。そのうち53%が現預金で、次いで多かったのが保険と年金で3割。株式はわずか8%に過ぎませんでした。実は、これはこの10年前、バブル期でもあまり変わっていなかった。だから、「貯蓄から投資へ」と呼びかけて、個人も自分で考えて資産運用をしなさいというふうになったのです。とはいえ、これはそれからさらに20年経った今も大して変わってないんですよね。2022年12月に日銀が発表した個人金融資産残高は2005兆円、そのうち現預金は54%で、株式は今も8%です(2022年7~9月期の資金循環統計=速報)。見事に変わっていませんよね。債券を含めても証券は、依然として14%です。

八田 そもそも日本人の金銭感覚としては、貯蓄することが美徳と考えられており、子供の時から自己責任で投資を行う慣行のあるアメリカとは大違いですから、家計の総資産残高はなかなか増加しませんね。

塩崎 確かにこれをアメリカと比較してみると、20年間で個人金融資産残高は、日本は1.4倍にしか増えていないけれど、アメリカは3倍になっている。アメリカは、現預金は11%、債券と株式の合計で53%を占めるんです。残りの3割は年金です。リスクアセットの差がそのまま出ている。やはり、リスクをとって運用しないと資産は増えないということを明確に証明しています。

しかし、こういった数字は毎年公表されていながら、何も変わらない。相変わらず企業年金は元本保証型のアセットが一番大きいし、証券会社が窓口で投資商品を薦めるときも、元本保証型の投資商品を薦めてしまう。これをやめさせない限り、日本の個人金融資産の内訳は何ら変わらないでしょうね。

八田 さらに、日本国民はまともな投資教育を受けていませんから、リスクをとるという考え方ができないんでしょうね。

塩崎 年金改革のときに野党や労働組合の人に「元本保証型商品の年金運用資産への組み入れを順次減らして、リスク資産を増やしていったらどうか」と提案したら、ものすごく抵抗されましてね。基本的には政府が保証してくれるし、保証されて然るべきだ、という考え方なんですよ。

八田 ただ、「自己責任」原則の大前提として、投資家が判断するための材料、たとえば財務情報は、真実かつ適切で、タイムリーに開示されていなければなりません。開示がなされない一方で、「自分の判断には自分で責任とれ」というのでは詐欺に近いですからね。ところが、日本の資本市場において、財務情報が本当に信頼あるものとしてタイムリーに開示されてきたのかというと、残念ながら、20世紀までの金融機関などはお寒い状況にあったというほかない。含み資産や損失の先送りを許すようなドメスティックな会計ルールが罷り通っていました。透明性の高い会計基準、それも国際的に認められるものに近づけていく。そのために必要だったのが2011年3月期からの国際会計基準の導入でした。

塩崎 日本経済の国際競争力を高めるということは、日本企業の財務情報が世界で認められたものでなければいけない。そのためには、会計基準という“物差し”が世界標準である必要があります。会計基準の策定を大蔵大臣の諮問機関である企業会計審議会から、民間(財務会計基準機構)の企業会計基準委員会に移管するのは2001年に実現できたけれど、あれは、あの年に国際会計基準審議会が「加盟国の基準設定主体は民間団体でなければならない」と言ってくれたから。しかし、国際会計基準の適用実現にはそこから10年かかってしまいました。

八田 現時点でも任意適用の国際会計基準であることから、現在、3800社ある上場会社のうち、国際会計基準導入企業数はまだ250社くらいです。ただ、株式の時価総額ベースではようやく全体の半分近くになりました。でも、まだまだ周回遅れというのが実情ですね。

八田進二教授

「社外取締役」は本来の役割を果たしているのか

八田 2014年に金融庁が策定したスチュワードシップ・コードと、2015年に金融庁と東京証券取引所が共同で策定したコーポレートガバナンス・コード。この2つのコードの誕生は、上場企業が説明責任を自覚する大きなきっかけになったわけですが、2013年6月に第2次安倍政権で閣議決定された「日本再興戦略」に、稼ぐ力の源泉としてガバナンスの強化が盛り込まれたことで実現したと言っていいでしょう。

塩崎 実は、コーポレートガバナンス・コードは、内閣が作らせることを決めたのではありません。私が自民党の政調会長代理として、自民党の日本経済再生本部の成長戦略の中心政策提言の中で提案したもので、ほとんど一字一句違わずに、そのまま政府の成長戦略にカセットのように入れ込まれたものです。また、当初、金融庁は共同で事務局を担うことを嫌い、逃げ回りましたが、私は許しませんでした。ただ、私個人としては、日本ではスチュワードシップ・コードがコーポレートガバナンス・コードよりも先になったのは、順番が違うなとは思っています。

八田 嫌がる経団連の強い反対を押し切って、会社法に社外取締役のことを入れたのは、どういう視点からでしょうか。

塩崎 正直、長い戦いでした。そもそも、人間は“誘惑”に弱い生き物です。目先の利益のために、失敗するリスクをたくさん抱えている。企業が競争力を高め、持続的に成長していくためには、さまざまな角度から光を当てて、リスクをコントロールしていく必要があります。それは外部の目があって、緊張感を持って経営を行って、初めて可能になる。

しかし、経団連の猛反対に遭って大変でした。財界は「日本には社外取を務められる人材はいない」の一点張りでね。ところが、今では当たり前のように大手企業が社外取を招聘しているでしょ。もっとも、ひとりで5社も6社も掛け持ちしている有名人が何人もいて、本当に機能しているのだろうか? というのが正直なところですね……(苦笑)。

八田 外部の知見を入れ、外部の目で監視することは絶対に必要なのですが、自分たちのミッションないし役割を正しく理解できているのか疑問に思うような社外取締役の人が少なからずいますね。社外取人材に必要な資質は何だと思われますか。

塩崎 ちゃんと提言できる人ですね。社外取には企業を引き締めて強くしていってほしいのですが、残念ながら、世界の競争で勝てていない日本企業の現状を見れば、全く効果が出ている気がしない。

八田 アメリカも昔は、社外取締役はCEO(最高経営責任者)の“お友だち”で固められていましたけれど、時代とともに変わっていったんですね。株主の目が厳しくなるにつれて、執行者からの社外取の独立性を高めるために、指名委員会で選任するなど、制度を改良していった。アメリカには社外取の人材推奨会社もあります。

しかし日本の場合は、社外取の選任発議はほとんどCEOが行っていて、指名委員会はそれを事実上追認しているといったことがいまだ続いているようです。適任者についても、招聘する会社側は「わが社のことを熟知している人を」なんて言うのですが、早稲田大学の上村達男名誉教授によれば、社外取は就任する会社のことを熟知していちゃダメなんだそうです。というのも、詳しく知ってしまったら、もっと端的に言えば、その会社に馴染んでしまったら批判的な視線がなくなるから。私は、社外取は業界のことはある程度知っていたほうが良いだろうと思っているのですが、それでも知り尽くしている必要は全くないと思いますね。

塩崎 問題なのは、社外取締役に大事な情報がほとんど上がっていないことなんでしょう?

八田 おっしゃる通りです。だから、不祥事が起きたとき、社外取締役は開口一番、「聞いてないよ」となる。そう言っておけば、監督責任を問われないと思っているし、実際にこれまで問われるようなケースもなかった。しかし、「それじゃアナタ、何のために社外取をやっているんですか?」と問いたい。

知らなかったのなら知らなかったで、有事には社内調査委員会を立ち上げるとか、仮に利益相反が起きそうであれば、第三者委員会の設置を主導するといった役割を率先して果たすべきなのです。社外取はイニシアティブをとって、ステークホルダーのためにリスク対応をすべきなのですが、人によっては辞任して、何もせずに逃げてしまう有り様です。アメリカで社外取がそんなことをしたら訴訟を起こされて大変ですから、ちゃんとイニシアティブをとるんですよね。

塩崎恭久氏

不祥事企業で立ち上がる「第三者委員会」も機能不全

塩崎 最近、不祥事企業でよく立ち上がっている第三者委員会というのも、いろいろ問題があるんでしょ? 厚生労働大臣だったとき、厚労省傘下のとある公益法人で不祥事があって第三者委を立ち上げたんだけど、そのとき、委員を務めていた有名弁護士が、あとになってその公益法人の顧問弁護士に就任していたので、心底あきれましたよ。この公益法人は稼ぎの良い収益事業をやっていて、かなりのカネを持っていたんです。この強欲な弁護士とは2年間も水面下で激しく争って、最後はこの公益法人を株式会社化させましたけどね。第三者委が弁護士のビジネスになっている印象を持ちました。

八田 それに加えて、第三者委員会の活動に対しては、かなり高額な費用を負担させられているのに、それを当該企業が開示しないことも問題ではないかと思っています。

塩崎 社外取締役や第三者委員会の関連で言うと、東日本大震災を受けて、2012年に野党であったにもかかわらず、私の議員会館の部屋で作成した議員立法によって日本で初めて原子力規制委員会をつくりましたが、その際、アメリカのNRC(米原子力規制委員会)を参考にしました。

米国の委員は日本と同じで全員で5人。その委員が必要な情報を得るために事務局の役人からヒアリングすることはOKなんだけど、事務局の役人たちから委員にアプローチするのはダメ。“ご進講”なんてもってのほかです。また、5人の委員は各人、専門のスタッフを何人かずつ持つことが出来て、スタッフの任免はその委員次第。もちろん、経費は政府が負担します。役所の官僚を使う義務はありません。つまり、委員が自分で信頼して選んだスタッフと相談して意思決定が出来るわけです。

一方、5人の委員は、事務局メンバーである役人のメール内容も自由に見られるから、事務局がウラで何をしているかがわかるのです。逆に、事務局側は何も情報をとれない。良く出来た仕組みでしょ。ところが、今の日本の社外取締役は、専任のスタッフを付けてくれるといっても、それはその会社の人。だから、会社に都合の良い情報しかとれないし、その社外取が会社にとって都合の悪い情報を収集しようものなら、すべて会社側に筒抜けになってしまう。端的に言って、事実上、独立性はなかなか難しいわけですよ。

八田 第三者委員会の場合はもう少しマシですが、それでも、事務局はその不祥事企業の社員が務めるわけですから、多くの場合、第三者委の情報は会社側に筒抜けになってしまうようです。不祥事を頻発させた三菱電機の第三者委なんて1年以上にわたって調査が入っていましたから、結果、3ケタ億円単位の費用がかかったとのことです。そのうえ、第三者委は三菱電機の経営側に作成途上の報告書を見せたりしていたのですよ。カンニングさせていた第三者委委員の言い分というのが、「自分たちの認識が間違っているかもしれないから、一応、会社側に確認したまでだ」というもの。独立性や透明性を維持しようという意識は全く感じられません。

第2回「塩崎恭久×八田進二」#3に続く

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