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第5回【佐々木清隆×八田進二#2】「他人事」思考で綻ぶコーポレートガバナンス

第5回#1から続くプロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第5回のゲストは元金融庁総合政策局長で、現在は一橋大学大学院客員教授を務める佐々木清隆氏。カネボウ、オリンパス、ライブドアに村上ファンド、東芝の粉飾事件など、平成の経済事件史に行政官として関わった佐々木氏が語る、日本企業における不正・不祥事発生のメカニズムとは――。

現状の「第三者委員会」への抜きがたい不信感

八田進二 ところで、佐々木さんは日本弁護士連合会による2010年の「企業等不祥事における第三者委員会のガイドライン」の策定に深く関与されていたそうですね。私は、相当数の第三者委員会は不祥事を起こした企業の経営者にとって、マスコミをはじめとする世間からの追及の手を逃れる格好の“隠れ蓑”になっているのではないかと懐疑的に見ています。特に、第三者委員会が日本に登場した初期の頃はひどい報告者が多く見られました。あの当時、佐々木さんも第三者委員会に対してかなり厳しい目を向けていましたよね?

佐々木清隆 第三者委員会の欺瞞性については、2005年頃から金融庁内部でも話題になっていたんです。その頃、私は証券取引等監視委員会(SESC)の特別調査課長の後、総務課長となっていたのですが、不正会計が起きた会社が自ら「第三者委員会を作って調査をします」と言う。そして何カ月かすると、委員から調査報告書が上がってきて、それが公表されるわけです。しかし、実際に報告書を読んでみると、調査の客観性とか、調査した委員の独立性とかがまったく感じられない、ひどいものが結構あることに愕然としました。

八田 私もまったく同意見ですね。

佐々木 2007年7月にSESCの委員長に佐渡賢一さん(元福岡高検検事長)が就任されるんですが、佐渡さんも含めてSESC内でも議論し、「やっぱり、ひど過ぎる」という結論に至ったわけです。それでは、その第三者委員会の委員って、誰がやっているのかというと、基本的に弁護士なんですね。そこで日本弁護士連合会に、実例とともにわれわれの問題意識を伝えたところ、久保利英明先生ほか、有志の弁護士の方々が策定に動いてくださって、2010年にガイドラインが出来上がったというわけです。

八田 ただ、日弁連のガイドラインが出来たら出来たで、そのガイドラインに形だけ従っただけの“なんちゃって型の第三者委員会”や、さらには堂々とガイドラインに従わずに組成して、第三者委員会ではなく「特別調査委員会」というような、別の名称を名乗る例も出てきました。

佐々木 実は日弁連には、ガイドラインに従っているのかどうかの調査の仕組みの構築もお願いしたのですが、これについては、時期尚早だとして断られてしまいました。

佐々木清隆・元金融庁総合政策局長(撮影=矢澤潤)

八田 ガイドラインが出来てすでに13年ですが、不祥事企業の経営者の隠れ蓑として利用される事例は依然としてなくなっていません。さらに、当初は第三者委員会が設置される理由の7割くらいが不適切会計の事案でしたが、最近はデータ改竄をはじめとして、会計不正以外の事案も増えています。したがって、ガイドラインについても、そろそろ見直しが必要な気がしているのですが……。

佐々木 私もまったく同じ考えですね。ガイドライン自体、日弁連に応急処置的に作っていただいたものですし、ガイドラインが出来た当時というのは、日本ではまだコーポレートガバナンスの概念も理解されていない時代でした。ガバナンスの欠如が引き起こした企業不正・不祥事に対応できる形への見直しは急務だと私も思います。

八田 ガイドラインが出来た頃に比べると、事案が多様化しただけでなく、いろいろな歪みが表に出てきているように思います。たとえば、第三者委員会への“丸投げ”による影響です。何か不祥事が起きると、不祥事を引き起こした会社は、半ば脊髄反射的に第三者委員会を立ち上げ、そして、何もかも丸投げしてしまう。経営者が自ら自浄能力を発揮しようという意思が感じられない。

一方で、結論ありきで誤った事実認定を第三者委員会がしてしまう事例もあります。あらかじめ“スケープゴート”にするターゲットを決め、すべてをその人のせいになるようなストーリーを組み、そのストーリーに合う証言を集めて調査報告書に仕上げてしまう。だから、びっくりするくらい口汚い表現のオンパレードと言っていい報告書もありますよね。

佐々木 そもそも、第三者委員会というのは、企業が自主的に問題を解決するための“手段”だと私は思うんですよね。起きた問題の根本原因を突き止め、再発の防止策を立てて会社を良くする。そうやって、地に落ちた企業価値を再び元に戻す。司直の手が入れば、強制的に問題の解決が図られるわけですが、そうではなくて企業自身の自主性によって、本来その企業が目指す課題解決のための手段であるべきです。違和感があるのは、第三者委員会、それ自体が自己目的化しているケースではないでしょうか。

八田 どうしたらいいでしょう?

佐々木 改めて第三者委員会の本来の目的は何であるのかを、使う会社側はもちろん、社会全体にも認識させる、といったところでしょうか。当時に比べれば、コーポレートガバナンスの仕組みは充実してきましたから、いろいろなオプションがあるのではないかと思っています。

八田 “あるべき姿”を何らかの形で示し、おかしな使い方をすれば社会の批判を浴びるようにすれば抑止力になる、というわけですね。

海外の金融当局から「インテグリティ」を疑問視された日本の銀行

八田 コーポレートガバナンスが有効に働くための仕組みとして、佐々木さんは「四様監査」ということを言い出された。日本では1948年に外部監査を業務とする公認会計士という国家資格が誕生し、1951年から上場会社に公認会計士による監査が義務付けられたわけですが、その頃から「三様監査」という概念はありました。内部監査、監査役監査、そして外部監査です。外部監査は監査法人による監査、監査役監査は株主総会で選任された監査役が社長以下取締役の業務執行に対して行う監査。そして、内部監査は社内の担当者が全従業員の活動に対して行うものです。佐々木さんの言う「四様監査」の4番目は当局なんですね。

佐々木 これは金融機関に必要なものとして、海外の事例に倣ったものです。金融危機を招いたことで日本の大蔵省が世界中から批判を浴びるなか、銀行を監督しているアメリカのニューヨーク連邦準備銀行やイングランド銀行からは「日本の銀行の内部監査は一体どうなってるんだ!?」と散々言われました。銀行が自らリスク管理体制を構築してガバナンスの枠組みを作る。それが機能しているのかどうかを当局も評価する。それが四様監査であり、金融機関にはそれが必要というのが世界の潮流でした。今では金融機関だけじゃなく、マーケット全体で確立されるべきものという位置づけになっています。

八田 「四様」の中で一番重要なのは、やはり、内部監査でしょう?

佐々木 私もそう思います。内部監査の重要性については、当局がうるさく言ってきましたから、金融機関のレベルはだいぶ上がってきていますが、一般事業会社となると、そもそも内部監査に株主や投資家があまり関心を持っていないというのが現状でしょうね。今でも何か不祥事が起きると、株主や投資家は「監査法人は何を見ていたんだ!」という反応ですよね。ところが、監査役や内部監査は「何していたんだ!?」とは言われない。

八田 佐々木さんは金融庁を退官される直前、内部監査の高度化も提唱されていませんでしたか?

佐々木 そうなんですが、残念ながら、私の後を引き継いでくれるチームがいなくて、おそらく金融庁内では止まったままなんじゃないでしょうか。世界各国の当局は内部監査を非常に重要視する流れが出来上がっているのですが……。

八田 日本は制度面で世界から遅れをとっているということかと思うのですが、制度を整えたら、すべてハッピーかというと、それも違う。身も蓋もないかもしれませんが、結局は経営者の倫理観に行きつくのではないでしょうか。

佐々木 先生のおっしゃるとおりだと思います。日本の金融機関の信用が失墜した1990年代末から2000年代にかけて、海外の当局者と議論するなかで彼らが言っていたのは、「われわれ当局は日本の銀行の経営陣のインテグリティ(誠実性)を疑っているんだ」ということでした。これは本当に身も蓋もなくて、日本の銀行は全存在を否定されたと言っていいほどの意味を持ちます。「インテグリティを疑う」というのは、「倫理観がない」とか、「正義感がない」どころの表現じゃないんです。このことを何とか日本の金融機関の経営陣に伝え、そこまで信用を失っているんだということを自覚してもらわなければならないと強く思いましたが、そもそも、「インテグリティ」という英語を的確に置き換える日本語がないんですよね。

八田 確かに、誠実性とか高潔性という訳語もありますが、インテグリティを日本語に置き換えるのはなかなか難しいですね。

佐々木 自分が銀行に対して常日頃こういうことを言っていると、しばしばブーメランのように、この言葉が自分に戻ってくるんですね。人間は完璧じゃない、組織も完全じゃない。だから、金融庁内部でもインテグリティを疑われても仕方がないような事態が起きるわけで、そういうときには自分の同僚たちにもインテグリティを疑われるということがどういうことか、伝えなければならないわけですが、なかなか思うようには伝わらないですね。

八田進二・青山学院大学名誉教授

不正を芽のうちに摘むための“想像力

八田 内部統制の実効性を上げるうえで、不正の“芽”をいかに早く察知するかは非常に重要なポイントだと思うのですが、その点について、佐々木さんのお考えは?

佐々木 それは、当局自体も自覚しなければならないところですよね。端的に言えば、何か問題が起きたときに自分たちには関係ない、他人事だとハナから思い込まないこと、見て見ぬフリをしないこと、想像力を働かせて起こりうる事態を予想すること――だと思うんですよ。

たとえば、何年か前に横浜のマンションで杭がしっかりと打たれていなくて傾いたことがありましたね(2015年、マンション傾斜問題)。ああいった場合、建築基準法違反があったかどうかが焦点だから、国土交通省の問題であって、金融庁は関係ないと思われがちでしょう。でも、違う。杭の工事をしたのは確か、旭化成の子会社でしたから、たとえば損害賠償金が膨らんで旭化成本体の経営が悪化したら、どうなるか? と考えるわけです。経営が悪化すれば、粉飾をやり出すかもしれない、インサイダー取引に手を染める役員がいるかもしれない……。だから、「(旭化成の)株価をよく見ておけ」となるわけです。

八田 おっしゃるとおりですね。初動段階で「自分たちには関係ない」と思い込んでしまうと、仮に対応が必要になった場合、後手後手に回るものです。もし経営者が主導する不正だったら、当然、内部統制は機能しませんから完全に手遅れになってしまいます。内部統制は経営者が“シロ”であることが前提になっている仕組みですからね。それでも、そういった指示をされていると、部下の方から「取り越し苦労だ」と言われたりしませんか。

佐々木 もちろん、そう言われるときもありますね(苦笑)。時間をかけ、リソースをかけて、それで何もなければ「無駄」と言う部下もいますが、それは結果論でしかない。もし見過ごして事態を悪化させてから対処するとなると、未然に防げた場合に比べて、失うものははるかに甚大です。

八田 最近発覚している不正や不祥事では、データ偽装など、非常に長期間行われていたという事例が結構ありますよね。どこかの部署で不正が発覚して再発防止策を打って、それから数年が経って、別の部署で同じような不正が長年続けられていたことが発覚する……。それも、「他人事」という発想が引き起こす不正ですね。

佐々木 役所だけでなく事業会社も多くの場合、タテ割りですから、「他の事業部のことは自分たちには関係ない」と思ってしまう。だから、そうなる、ということの証左ですね。

佐々木清隆・元金融庁総合政策局長

八田 ところで、「ITガバナンス」という用語も佐々木さんが元祖だそうですね。

佐々木 使い始めたのは2012~2013年頃だったと思います。近年は「IT」という用語もなんだか古めかしい響きになっていて、DX(デジタルトランスフォーメーション)と言ったほうがいい時代になってきましたね。これも金融機関を念頭に置いたもので、ITをちゃんと戦略としてとらえないとダメなのではないかと思ったからです。

八田 というと?

佐々木 当時も「ITのリスクマネジメント」という概念はあったんですが、それはシステム障害とかオペレーションリスクといった狭い概念で捉えられていました。これも海外の当局から指摘されたのですが、日本の銀行の海外拠点はものすごく古いシステムを使っていて、経営戦略とか、ビジネスモデルと紐づけられた整合性のあるものにはなっていなかった。そこで、単なるリスク管理にとどまらない、IT自体を“戦略”と位置付けて、ITを使ってどのように価値創造をするのかがまずあって、そこからリスク管理やコーポレートガバナンスのあるべき姿を導き出す。そういった姿を日本の金融機関に目指してほしいということを主張しました。

八田 確かに、みずほ銀行は何度も大規模なシステム障害を起こしていますね。ITを戦略と位置付けていたら、あんなことは起きなかったでしょう。とはいえ、旧第一勧業銀行や旧富士銀行、そして旧日本興業銀行といった統合前の母体3行同士でいまだに主導権争いをしていては、戦略どころではないでしょうが……。

佐々木 当時の金融庁の行政処分の報告書にも「経営戦略と一体化したIT戦略の一環でITのリスク管理を行うべきところ、そういった視点でのガバナンスへの経営陣の理解、認識が不十分」といったことが指摘されているくらいですからね。

八田 暗号資産など、矢継ぎ早に新しい技術やサービスも出てきて、状況はどんどん変化しています。だから、内外の環境変化、リスクに対して感度良く、他人事ではなく、“自分事”として考えて、ということですね。別の言い方をするなら、「好奇心」でしょうか。佐々木さんのお話を拝聴して、佐々木さんの問題意識が好奇心にあるように改めて思い知りました。本日は、ありがとうございました。

(了)

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