福沢桃介「私の口は信頼できぬ。なぜかというと、私には一定の主義がない」の巻【こんなとこにもガバナンス!#26】
栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「私の口は信頼できぬ。なぜかというと、私には一定の主義がない」
福沢桃介(ふくざわ・ももすけ、日本の実業家)1868~1938年。武蔵(埼玉)の農家の次男に生まれる。慶応義塾在学中に福沢諭吉の養子となり、のちに諭吉の次女と結婚。約束されたエリートコースを結核発病で棒に振るが、相場師として名と財をなす。後年、電力事業に力を注ぐ。大阪送電などを設立し、木曾川で大規模な水力発電を開発した。女優の川上貞奴との仲は有名で関係は終生続いた。
福沢諭吉夫人に見込まれ運を開くものの…
福沢桃介ほど「偽悪」という二文字が似合う経営者はいないだろう。
「(私は)世間のいわゆる軽薄才子だ」
「憎まれて、いやがられて世を渡れ。これが世渡りの一秘訣と信ずる。天は人の助けざる者を助くと言いたく思う」
「世の中の金持ちは、偶然今日の結果を得たくせに、賢ぶってホラを吹くので、先見の明とは真っ赤なウソだ」
「人を見たらたいがい泥棒と思えば間違いない」
冒頭の言葉以外でも、このようなことを公然と嘯いた。
生まれは今の埼玉県の農家で貧しかった。神童と呼ばれた小学生時代のあだ名は「1億」。下駄も買えず、裸足で通学していて、友達に笑われるたびに「大きくなったら1億円の大金持ちになる」と口癖のように答えていたからだ。
実家は困窮していたが、その才能を惜しんだ人の紹介で、慶應義塾に入る。運動会で颯爽と駆け回る姿が諭吉の妻の目に留まり、諭吉の娘婿として養子になった。養子縁組の条件だった米国留学後に北海道炭礦に月給100円の破格の待遇で入社する。もちろん、諭吉のコネ入社で、周囲からは“月給泥棒”とも呼ばれた。
順風満帆の人生が狂うのは6年後。血を吐き、結核治療のため退社する。養子の身としては面倒を見てくれとは言えない。そこで、手を出したのが株だった。
桃介には相場の才覚があった。1000円が1年で10万円以上になった。この後、王子製紙に入社したり、後に「電力の鬼」と呼ばれる松永安左エ門と商社を起業したり、北海道炭礦に出戻ったりしたが、主な稼ぎは株だった。
「昨日言ったことは今日忘れるというたち」との人物評
日露戦争後には250万円ほどを手にしていた。今の貨幣価値で換算すると、低く見積もっても5億~10億円程度となる。相場の才覚は明らかだったが、本人は飽きてきて、相場を手仕舞いして実業界に本格転身を図る。
「金持ちになって金持ちを倒してやろうと実業界に発心した」と語っているように、特に何かを成し遂げようとしたかったわけではない。ポリシーはないのである。だからか、本人も長続きしない。肥料、ビール、鉱山、紡績、鉄道と手を出した。
後世に名を残すことに電力事業に関わるきっかけとなる福博電気軌道(現東邦電力)の社長就任も松永の説得だった。桃介のもっとも大きな功績として知られる水力発電も慶応の先輩が名古屋電灯(現中部電力)を経営しろと口説いたことから始まっている。
三井財閥の総帥で大蔵大臣を務めた池田成彬は、桃介を「一口に言うと眼から鼻に抜けるというか。とにかく非常にすばやいのです。その代わり、昨日言ったことは今日忘れるというたちです。その点はすっきりしたものです」と評している。
相場の世界が桃介をそうさせたのか、生来の性格かは分からないが、一度決めたことにとらわれない姿勢は不確実性の高い今だからこそ学びにしたい。
(月・水・金連載、#27に続く)
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