二宮尊徳「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」の巻【こんなとこにもガバナンス!#17】
栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」
二宮尊徳(にのみや・そんとく、江戸後期の農政家)
1787~1856年。少年時に父母を失い、伯父の家を手伝い、苦しい農耕をしながら《論語》《大学》《中庸》などを独自に学ぶ。青年期に家を再興し、その後、小田原藩士・服部家の再建や藩領、下野桜町などの荒廃の復旧に成功した。この経験をもとに独特の農法でおよそ600村を復興した。
“校庭にあった銅像の人”じゃもったいない尊徳の偉大な功績
「何をしたかはよく知らないけれども、薪をかついで本を読んでいる銅像の人」――。アラフォー以上の人の二宮尊徳(金次郎)のイメージはそんなものではないか。
尊徳は思想家であり、実践家であった。机上の学問で終わらせずに、実践を重視した。村の再建を依頼されると、現地調査を徹底した。領内の一戸一戸を訪ね、時には調査のためだけに数十日滞在したこともあった。
同時にファクトも重視し、対象地域の収穫高や年貢高も100年以上遡って調べる地道さも持ち合わせた。生きた情報とファクトとなる数字を積み重ねて分析し、その土地ごとの再建策を導き出した。尊徳の再建策は農学書のように杓子定規でもなく、感情論でもなく、説得力があった。誰も反論できなかったという。
意外かもしれないが、二宮金次郎は銅像のイメージであまり大きくない印象だが、身長6尺(約182センチ)、体重25貫(約94キロ)と当時、いや、現代にしてもかなり巨漢だった。「どうよ、儂(ワシ)の再建策は?」とドヤ顔で言われたら、怖くて誰も異論を唱えられなかった可能性もゼロではない。
尊徳は武士道徳的な金銭蔑視はしなかった。農地の復興や領主の財政再建に関わっていく中で、カネの重要性を身にしみて感じていた。それが冒頭の言葉につながっている。経済的安定なくして、精神的安定も独立もないとの固い信念があったし、行為の対価として報酬をもらうことも当然と考えた。
報酬に過大な金銭は不要
問題は「対価としての報酬」とはいかなるものかだ。結論から示すと、過大な金銭は必要ないという。「一汁一菜」と「木綿着物」さえあれば十分だというのだ。それ以上の財産を持つことは精神を疲労させるだけだと言い切る。人間にとって最大の報酬は心がウキウキするかどうかであり、それは仕事そのものを通じて得られる喜びだとしている。
「なんか、どこかで聞いたことあるな」と感じた人もいるだろう。現代の名経営者たちと言っていることと同じなのだ。尊徳が時に現代日本の経営哲学の源流と呼ばれる由縁である。
尊徳が凄いのは、自らの経験から導出したことである。荒れ地を耕し、苗を植える。多くの人と協力し、人材を育成し、村を再建する。無から有の創造に伴う嬉しさこそ報酬だと悟ったのだ。
考えてみれば、功名心だけでは600もの村を再建することはできないだろう。「オレの評判も高まったし、もういっかな」となったはずだ。ただただ、この創造の喜びに突き動かされただけだったのだ。
机上の学問でなく、積み重ねた事実を体験知として昇華したからこそ、思わず、なるほどと頷いてしまう。「ベンツに銀座に軽井沢」が合い言葉でビジネス誌のインタビューに偉そうに講釈を垂れるどこかの社長とは持論の厚みが違うのである。尊徳に対して「薪をかついで本を読んでいる人」の認識しかなかったら、もったいない。
(月・水・金連載、#18に続く)
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