栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「前車已に覆るに、後いまだ更むるを知らず。何ぞ覚る時あらん」
荀子(じゅんし、思想家)
紀元前298年?~紀元前235年頃。中国、戦国時代の思想家。諸国を遊説した。趙では侵略主義に反対して王道に基づく戦略論を展開し、秦においては天下統一に儒教の理論が不可欠なことを強調した。50歳以降は斉、楚で学究生活を送り、晩年には楚の県令にもなった。
2000年以上前から「歴史は繰り返される」の中国思想
荀子の学問は、現実から遊離した観念の追求を切り捨てているところにある。社会生活における人間行為を突き動かすものを把握し、それに当てはまる法則を打ち建てた。人間の本性は悪とする「性悪説」が有名だ。
性悪説は「人間の本来の性質は悪であり、善とされるものは、偽(後天的な結果)である」という荀子の文章からも誤解されがちだが、彼の言いたかったところは、人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるという点にあった。
「前車已(すで)に覆るに、後いまだ更(あらた)むるを知らず。何ぞ覚(さと)る時あらん(前を走る車がひっくり返っているのに、進む道を変えようとしない。一体いつになったら気づくのだろうか)」は、荀子の教えをまとめた『荀子』成相篇に記されている。歴史の流れに車の進路を重ね合わせている名言だ。
興味深いのは今から2000年以上前に歴史は繰り返すことを看破している点である。
歴史は繰り返すし、歴史の教訓に学べと訴えるのは中国のお家芸だ。日本でも「循環史観」の言説はよく聞くが、中国は厚みが違う。紀元前841年頃からの歴史的記述が資料として残っているのだから、恐れ入る。「歴史に学べ」の言葉も重い。「中国3000年の歴史」は漫画の中の話ではないのだ。
中国の故事は打ってつけの教科書だけど……
だが、残念ながら、人間は学ばない。2000年程度では進歩しないのだろうか。歴史に学ばないのだ。少しでも歴史をさかのぼれば、自分と同じような立場にいる人間の失敗や転落は数えきれないほどあるのに同じ轍を踏む。「これはまずいな」と分かってはいても、同じ愚かしさを繰り返してしまうのが、人の性なのだ。
だからこそ、そんな愚かさの循環から抜け出すためにも組織の意思決定者は歴史に学ばなければいけない。自分の会社がおかしな道を進んでいないか、「前の車」を注意深く見なければいけない。それには、中国の故事は打ってつけの教科書だ。とはいえ、中国人が果たして学んでいるのかという疑いは拭い去れないのだが。
(月・水・金連載、#4に続く)