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第1回【斉藤惇×八田進二#2】産業再生機構社長時代に思い知った「日本企業のガバナンス不在」

第1回#1から続くプロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに語り尽くす大型対談連載。第1シリーズのゲストは、野村証券副社長、産業再生機構社長、日本取引所グループ(JPX)CEO(最高経営責任者)、そして日本野球機構(NPB)コミッショナーを務めた斉藤惇氏。その第2回は野村証券副社長退任から産業再生機構、東証、JPX時代、斉藤氏はいかに日本企業社会におけるコーポレートガバナンス構築に苦闘したのか――。本人が語る。

産業再生機構社長時代に思い知った「日本企業のガバナンス不在」

斉藤惇氏 八田進二教授(右)

“総会屋事件”で野村証券副社長辞任 「ガバナンス実践」の挑戦と蹉跌

八田進二 これも日経の「私の履歴書」に書いておられますが、野村証券の副社長を退かれたあと、住友生命保険系列の投資顧問会社のトップに就任されています。このときはトップとしてコーポレートガバナンス改革を断行されていますね。

斉藤惇 1997年の総会屋利益供与事件の責任を取る形で、私を含む5人の副社長をはじめ、合計15人の取締役が一斉退任したんです。野村を辞めて転職先を自力で探す中、住友生命でのちに常務、専務を務められた井上恵介さんから「住友ライフ・インベストメント(現三井住友アセットマネジメント)に来ないか?」と声をかけられました。バブル崩壊で生保の運用力が落ちていたので、高い運用力を取り戻し、それを売り物にする組織を作り上げて欲しいという要望でした。そこで、組織作りや運営などを任せてもらえることを確認したうえでお引き受けしたのです。

八田 着任されたときの第一印象は?

斉藤 親会社への従属が際立っていましたね。当時の日本の大手運用会社はどこも、親会社である銀行や証券、保険会社の影響を強く受けていましたから、独立したプロ集団には見えませんでした。そこで、取締役を全員入れ替え、独立した社外取締役を迎え、諮問委員会も作って経営に“外の目”を入れました。親会社から出向してきているファンドマネージャーには転籍をお願いし、運用の統轄責任者には外資系運用会社からスカウトしたピーター・イードンクラークというイギリス人を据え、社内用語は英語にしました。井上さんも私の考えに賛同してくれていました。

八田 順調な滑り出しだったんですね。生保は保守的なイメージがありますから意外です。

斉藤 でも、1年もすると雲行きが怪しくなりました。人事ローテーションで良き理解者だった人が1人、また1人と親会社に帰っていくたびに空気が変わっていく。運用会社に転籍した社員を本体に返せと言って来たりね。投資先企業への議決権行使も親会社の営業にとってはプラスにならない。これで運用成績が良ければ強気でいられたのでしょうけれど、2000年代初頭にネットバブル(ITバブル)が弾けてそれもダメ。最後は保険営業のためのイベントに出ろと言われたので、親会社の社長に辞意を伝えて退職しました。

斉藤惇氏

企業価値を「キャッシュフロー」で見られない日本企業

八田 その次が、わが国の金融再生プログラムの一環で設立された産業再生機構ですね。

斉藤 2002年に住友ライフ・インベストメントを辞めて、家で庭いじりをしながらプラプラとしていたら、旧大蔵省(現財務省)から金融庁に転じ、当時、産業再生機構設立準備室次長を務めていた小手川大助さん(元IMF=国際通貨基金理事)が「機構の社長をやらないか?」と言って来たんです。誰も引き受け手がいなかったようですね。

八田 それでも社長を引き受けられたわけですが、カネボウ、ダイエーといった大型案件も手掛けられた。大変なご苦労をされたでしょう? 

斉藤 産業再生機構で一緒に仕事をした仲間たちは非常に優秀で、そして、「国を立て直さなければ」という使命感に燃えていた。ただ、彼ら彼女らとは価値観を共有できましたが、再生対象になった企業や銀行とはなかなか嚙み合わなくて苦労しました。まず「エンタープライズバリュー」(企業価値、EV)という言葉が通じない。EVについては、ダイエー創業者の中内功さんも、とうとう最後まで理解してくださらなかったですね(笑)。

私は野村アメリカ時代に不動産の証券化も手掛けましたので、バリュエーションをキャッシュフローで見るのは常識だと思っていました。でも、これが再生対象企業には通じない。不動産に投下した金額でモノを言うのです。銀行も土地を担保にカネを貸す。近隣の土地の売買事例がいくらだからこの金額だとか、路線価の2.5倍だからその金額だとか……。その不動産が稼ぎ出すキャッシュフローで価値が決まるという発想が全くない。産業再生機構の仕事は不良債権の処理だから、銀行がどういうバリュエーションでカネを貸したのか検証してみると、みな、類似比較なんです。100億円かけて作った建物でも、収益を生まなかったらタダのコンクリートの塊なんですけどね。

八田 斉藤さんがキャッシュフローで企業価値を考えるようになったのは何がきっかけですか。やはりアメリカ駐在時代ですか。

斉藤 おっしゃる通りです。私は日本の支店で日本株のセールスをやっていたところから、いきなりニューヨークに行きました。そこでの使命はソニーや松下電器産業(現パナソニック)など、日本企業の株を現地の投資家に買ってもらうこと。で、無邪気に「良い会社ですから(株を)買ってください!」と売り込んでいたら、ファンドマネージャーから唐突に「そのソニーという会社の発行済み株式総数はなんぼなんだ?」って聞かれるわけです。そんなこと、日本では聞かれたことがないですから、株を買うのと株式総数と何の関係があるのかと聞き返したら、コンコンと「会社のバリュエーション計算ってのはこうやってやるんだ」と教えられましてね。

それまでEPS(1株あたり当期純利益)やBPS(1株あたり純資産)なんて考えもしませんでした。当時の野村証券には株式部の推奨銘柄というのがあり、全国の営業マンは「今週はこれを売って来い!」って言われるんです。実際、野村の営業力でその企業の株価は上がってしまうわけですが、アメリカに行ったら全く通用しない。投資家に数字で質問されても、それ以上反撃できませんでした(笑)。

八田 学問や教育の現場でも同じですよ。キャッシュフロー計算書(C/F)が会計の世界で公認されたのは、そんなに昔のことじゃないんです。1990年代前半は、学界でもキャッシュフロー計算書を有価証券報告書の記載項目に入れようとしたら大論争になったんです。まず「キャッシュフローを日本語に訳せ」とか言われましたよ。「資金繰り表」でもないし何なんだろう……みたいな不毛な議論が繰り返されていました。連結キャッシュフロー計算書が有価証券報告書に入ったのは20世紀末になってからです。

斉藤 日本企業にはWACC(加重平均資本コスト)の発想がないから、稼がなければいけないベースコストの議論ができないんですよね。WACCに対するROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)はいくらなのかがスタートで、「D/EBITDAレシオが7とか10とかっていう計画でどうでしょう?」という話を銀行にしても、当時は通じない。経営者にも資本コストという発想がなく、銀行金利だけ返せばいいと思ってしまっている。

八田 多くの日本人経営者に会計リテラシーがないのは本当に問題ですね。道具立てのないところで経営をやっているわけですから。教育の問題もありますよね。日本は会計を勉強せずに経済学を学ばせる。産業再生機構でも活躍された冨山和彦さん(経営共創基盤 IGPIグループ会長)もスタンフォード大学に留学して初めて簿記を勉強したそうですね。

八田進二教授

東証で「コーポレートガバナンス・コード」創設を実現

八田 産業再生機構はもともと5年間の時限的な組織でしたよね。しかし、予定より1年早く2007年3月に解散するほどの効果を上げた。そして、斉藤さんの次の職場は東京証券取引所になるわけですが、これはどういった経緯だったのでしょうか。

斉藤 野村ホールディングス(HD)の会長になっていた氏家純一さんから頼まれたんです。西室泰三さん(元東芝社長、2005~2010年まで東証会長)の後任がなかなか見つからないという話でした。「日本株はもうダメだから、東証なんて行かないほうがいい」と助言してくれる友人もいましたし、そもそもお役所的で自分には合わないとも思っていたんですが、氏家さん、西室さんに懇願されたうえ、好きにやっていいと。「それならば……」と引き受けました。

八田 そこでコーポレートガバナンス・コード導入を主導されるわけですが、かなり紆余曲折があったのでは?

斉藤 米国株は株主に厳しく揉まれて株価が上昇しました。だから、日本でも株主に揉まれて日本企業が強くなれば、株価も上がる。そう考えて、コーポレートガバナンスの導入に向けた法改正を目指し、法制審議会も立ち上がったのですが、なかなか進まない。最大の抵抗勢力は実は法務省でした。既存の法律を変えることに、とにかく抵抗する。コーポレートガバナンス導入には経団連も猛反対していましたから、今回こそ法改正に持っていけると思っていたときでも、最後は付帯決議に格下げされてしまう有り様でした。

八田 結局、何がきっかけで導入が決まったのでしょうか。

斉藤 第2次安倍晋三政権下で厚生労働大臣だった塩崎恭久さん(元自民党衆院議員)が、マニフェストに盛り込むファクト探しをする中で、コーポレートガバナンスに目をつけたんです。まぁ、経団連にしてみれば、「余計なことをしおって」といったところでしょうか。塩崎さんは欧州視察から帰ってくると、「ソフトロー(非法的規範)でも良いのではないか」と言い出すんですね。法務省が反対しているので法律にするのは難しい、それならソフトローでどうかというわけです。イギリスはソフトローのメッカですからね。法律ではないので強制力はないし、罰則規定は設けられませんが、企業側の自主性を尊重するという点で、日本人のメンタリティに合っていますし。

八田 法律なら金融庁マターですが、コードなら所管は証券取引所、つまり東証になります。「コード」はソフトローの別称ですし、企業側も法律じゃなければ、あまり圧迫感を感じなくて済みますね。

斉藤 安倍さんは詳細はわかってなかったようですが、政権の「日本再興戦略」の中にいったん入ったら流れが変わったんです。2021年に亡くなられた池尾和人先生(経済学者、元慶応義塾大学教授)とも何度か議論しましたよ。

八田 早稲田大学の上村達男教授(法学者)によれば、イギリスのコードはハードローよりも厳しいんだそうですね。日本語では「遵守せよ、さもなければ説明せよ(Comply or Explain)」、つまり、ルールを遵守しないのであれば、その理由を説明すればいいだけですが、イギリスの場合は、そんなに生易しいものではないそうです。コーポレートガバナンス・コードは3年ごとに2回改訂されており、上場企業にかなり浸透しましたから、ハードロー(強制法規)に変えなくても、ある程度の実効性は保たれているのではないでしょうか。

「グリード」(強欲)同士のぶつかり合いで企業は強くなる

斉藤 私は法による縛りよりは、人間の“欲”に訴えたほうが有効なんじゃないかと思っているんですよ。株主は株価が上がって欲しい、配当もたくさん欲しい。だから、社長はしっかりしてくれ、と。この製品は時代遅れだ、その経営には無駄がある……、“倫理の力”よりも“欲の力”ははるかに強いと思うのです。もっとも、こういうことを言うと、上村先生には品がないって言われてしまうのですが(笑)。

とはいえ、私企業の株式に価値がないと国家は富まない。富まないと税収が減り、雇用も生み出せずに国際競争に負ける。企業が強くなるということは、いわば「国防」と言っていいと私は思っているんです。だから、企業を強くしないといけない。そのためには誰かが見ていないとダメ。その「誰か」が捜査当局だけでは、実は迫力がない。法を犯しているかどうかではなくて、お金になるかならないか――。そんなグリード(強欲)な目で見られるほうが、はるかに経営者にとってプレッシャーになると思うし、米国のコーポレートガバナンスのあり方はまさに、これなのです。

八田 アメリカ社会は相当グリードですもんね。

斉藤 グリードとグリードのぶつかり合いで企業は強くなる。誤解を恐れずに言うならば、正当な手段による利益マキシマイゼーション(最大化)は正義です。新自由主義の経済学者、ミルトン・フリードマンにも「金儲けができる機会があるのにそれを見逃すのは愚か者である」という言葉があるくらいです。あくまで合理性を前提として強欲がぶつかり合う中で企業は強くなり、技術が生まれ、人々にベネフィットを与える。とてもダイナミックな姿だと思うのですが、日本の場合は合理的、論理的なデータをもとに議論しないんですよね。

八田 確かに、日本人は非常にエモーショナル(情緒的)ですからね。

斉藤 歴史が長い島国である日本人のキャラクターなんだろうと思いますが、国力の観点からすると、非常に危ない気がします。

第1回「斉藤惇×八田進二」#3に続く

【ガバナンス熱血対談 第1回】斉藤惇×八田進二シリーズ記事

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