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日本企業を覆う「コンプライアンス疲れ」の源流【ガバナンス時評#2】

1990年代に現れた英国流「コーポレートガバナンス」の概念

「財金分離」が図られた大蔵省(現財務省)

当時の私は米イリノイ大学に客員研究員として留学し、聴講を希望した授業でのリーディングアサインメント(予習すべき文献)のなかに見つけたのが、イギリスで1992年に発行された「キャドベリー委員会報告書」だった。

イギリスでもアメリカと同様、1990年代にBCCI(国際商業信用銀行)やメディア王、ロバート・マクスウェルの破綻劇など、いくつかの企業不祥事が起きていた。これをいかに抑止するかという観点から、民間出身のキャドベリー卿を座長とする委員会が立ち上がる。そして取締役会の実効性、報告機能や外部会計監査人の役割などに関する勧告が取りまとめられた。それが「コーポレート・ガバナンスの財務的側面」と題する報告書、通称「キャドバリー委員会報告」だった。

この報告書は実に目を見張るような内容だった。報告書を読んで確信したのは、アメリカ的な「内部統制(internal control)」はあくまでもイギリス式の「コーポレートガバナンス」の視点においては一要素に過ぎない、ということだ。両者の違いについては前回小欄でも少し触れたが、イギリスではアメリカ的な内部統制の上位概念として、コーポレートガバナンスを置いているというイメージだったのである。

そして何より明確に打ち出されていたのは、「コーポレートガバナンスとは、企業を繁栄させることが目的であり、統治はその手段である」という点だった。

ここで私は、「日本の国柄に合った企業統治を考えるためには、英国式のコーポレートガバナンスと、米国式の内部統制を融合させる必要がある」と考えるようになったのである。そして、「何としても、このキャドベリー委員会の報告書を日本に紹介しなければならない」と考え、まず留学中に正式に翻訳権を取得するとともに、帰国後は、同僚の橋本尚氏と翻訳し、当時在籍した大学の学内誌で発表するに至った。

またイギリスでは、キャドベリー委員会報告が提出された2年後に、取締役の報酬について議論を行った委員会報告書、通称、グリーンベリー委員会報告が1995年に出されことから、この報告書についても翻訳することになる。報告書では非業務執行取締役からなる報酬委員会の設立と、報酬に関する情報開示などについて勧告している。

さらにイギリスでは、キャドベリー委員会およびグリーンベリー委員会の後継として、コーポレートガバナンスに関するハンペル委員会が立ち上がる。1998年に報告書が提出され、取締役会、外部会計監査人、機関投資家など、コーポレートガバナンス全般に関する規程(コード)を策定したのである。

キャドベリー委員会、グリーンベリー委員会、そしてハンペル委員会。イギリスはこの3つの委員会勧告を統合し、「統合規程(コード)」を作成。これらが20世紀末、実際にロンドンの金融街シティのコードとして定着することとなる。なお、このコードについては、その後、複数回の改定がなされて今日に至っている。

「内部統制」の本質をいまだ理解できない日本企業

一方、日本では、1998年に金融監督庁(現金融庁)が発足する。金融不祥事や破綻が続出したことを受けてのことだが、このとき、日本が採用したのはアメリカ的な内部統制だった。そして2007年には、金融商品取引法の中に、内部統制を義務付ける一文が盛り込まれる。

私自身、当時、金融庁・企業会計審議会の内部統制部会の部会長として一連の内部統制関連の基準の策定に携わったが、「アメリカ式は必ずしも日本に馴染まない」という思いは変わらなかった。

ただ、内部統制の義務化は、会社の繁栄以前に不祥事を防止できない日本企業が多いなかでは、ある程度、仕方がなかったことなのかもしれない。だが、ここでも企業側はやはり「内部統制」の何たるかを理解できず、「すべての手続き等の経緯を記した文書を作って残しておくべし」として、採るべき手続が目的化してしまったのである。そのため、内部統制は、そんな“証拠書類”を保管しておく「倉庫業者を儲けさせる制度」などと揶揄されることもあった。つまり、「組織の風通しを悪くすることが内部統制だ」との誤解が生まれ、現在まで残り続ける“コンプライアンス疲れ”の源流となってしまったのである。

しかも、イギリスの「3委員会報告」が勧告するとおり、ガバナンスにおいて重要なのは、社内におけるルール作り(統制環境の整備)だけではない。監査、社外取締役、株主といった、企業内部における緊張関係が必要になる。これについては次回#3で解説したい。

(次回#3に続く)

                      取材・構成=梶原麻衣子

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