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【内部通報特集#5】ハラスメント通報に溺れる「内部通報」窓口の“次のステージ”

ハラスメントの相談に追われる「内部通報窓口」の実態

公益通報者保護法改正法の附則第2条は〈政府はこの法律の施行後5年を目途として、この法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする〉と定めている。仮に今後、制度の運用状況や企業を取り巻く環境変化などで改正法を見直す機会があるとすれば、どのような改善点が考えられるのか。

まず、企業の現場レベルでよく指摘されているのは、職場のハラスメントに関する通報との関係をどう位置づけるかだ。職場でのいじめやハラスメントを防止するため「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」が2020年6月1日から施行され、2022年4月からは中小企業にも防止措置が義務付けられた。企業には「ハラスメント相談窓口」を設置し、ハラスメントに関する相談に対応する義務が生じたが、企業によっては公益通報者保護法に基づく通報窓口とハラスメント相談窓口を同じ窓口にしているケースも少なくない。

企業の実態について、ある上場企業の通報窓口担当者はこう明かす。

「弊社もそうですが、多くの企業で検査偽装や品質不正などと、ハラスメントの相談が同じ通報窓口でごちゃ混ぜになってしまっているのが現状です。情報の質として全く異なるものが混在している。大体、通報の6~8割ぐらいがハラスメント系の内容で、不正は1割弱といった程度。通報10件に1件あるかないか。しかも、その1件だけでも軽微なものから経営層が関与しているものまで、いろいろある。日常的に個々の窓口担当者はハラスメント系の通報に関わることが多くなって、それを処理するのが内部通報窓口の業務みたいな感じになっているのが実態です。経営にインパクトを与えかねない不正情報を扱うのが内部通報の本来の姿でしょうが、実際はハラスメント相談に溺れてしまっているというのが通報窓口の実態です。多くの会社の担当者も同じような問題を抱えているように思います」

2022年4月のパワハラ防止法全面施行を契機にハラスメントの窓口と内部通報窓口を切り分ける機運が出ていた時期もあったが、そうした議論はいつの間にか有耶無耶になっているという。大手会計事務所などで取り扱う内部通報代行サービスの一部は、あらかじめハラスメント系の相談を除外し、企業不正に特化するものもあるようだが、一般的な傾向にはっていないようだ。

「ハラスメント通報」の背後に横たわる労働環境や企業風土

先の担当者とは別の企業の内部通報窓口担当者も、「肌感覚ですが、ハラスメント絡みの通報のうち8割程度は認定するほどの問題ではない。そして、会社の中の綱紀委員会に調査書を持ち込まなければいけない案件となると、当然、それよりもかなり少ない」と指摘する。もっとも、公益通報とハラスメント系の相談窓口を一緒にするか別々にするかは各企業が独自に判断することだが、仮に窓口が2つに分かれていた場合、2つの窓口をどう関連付けるかが課題となる。

この点について、企業法務に詳しい山口利昭弁護士(大阪・山口利昭法律事務所、#1記事#3記事参照)は、ハラスメント対応の窓口の人も出来るだけ改正公益通報者保護法に基づいて公益通報の対応業務従事者の指定を受けるのが好ましいという意見だ。その理由について、山口弁護士が語る。

「ハラスメントと言っても、刑事犯罪であったり、労働規制の違反行為であったり、そういうケースに繋がりかねない問題もよくあります。一般的にはハラスメント系の事案は公益通報者保護法の対象にならないと言われますが、ハラスメントの相談の中には、ハラスメント自体が問題というよりは、そのハラスメントの裏に隠れている労務の問題やその背景も含めた調査が必要なケースもあります。窓口の通報は半分以上、当事者本人からのものではなく、同じ職場の第三者が見るに見かねてというようなケースや、明日は我が身という危機感で通報をするわけです。同じ職場の第三者からの通報が半分以上ですから、単にハラスメントの内容がどういうものかを知るだけでは不十分で、職場環境がどうなっているかが見える化される必要があります」

つまり、直接の内容はハラスメント系の相談であっても、その背後には会社の労働環境や企業風土の問題が深く関係している場合、調査によっては公益通報者保護法が想定するような企業の不正が見つかる可能性が出てくる。そういう意味でも、ハラスメント系の窓口担当者にも公益通報者保護法改正法の実務は必要というわけだ。

公益通報者保護法改正法施行後1年を経て顕著になった“3つの課題”

前出の日野・淑徳大学教授は、今後の改善点について、①守秘義務の両罰規定、②不利益な取扱いに対する行政措置の導入、③証拠資料の閲覧、持出し行為の免責措置――の3点を指摘する。

「大きく3つの課題があると認識しています。第1に、公益通報対応業務従事者への過度な負担が危惧されます。両罰規定ではなく、公益通報対応業務従事者のみに刑事罰付の守秘義務を課すことは、内部通報体制を整備する責務を有する事業者との間のバランスを欠いているのではないでしょうか。また、刑事罰付の守秘義務によって公益通報対応業務従事者が過度に委縮するおそれがあり、調査業務等にも影響を及ぼす可能性も指摘できます。さらに、公益通報対応業務従事者であった者(過去に従事した者)も同様の守秘義務を負い続け、退職後もその義務が課せられます。他の労働者との負担の重さを考慮すると、バランスを欠くと思います。岸田内閣の新しい資本主義(「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(令和5年6月16日))においても指摘されていますが、これからの時代、人材の流動化がますます加速し、労働者の副業・兼業を認めるとなると、公益通報対応業務従事者に対する負担の在り方について、改めて考える必要があるでしょう。

第2に、通報者への不利益取扱いに対する行政措置等の導入見送りの点です。今回の公益通報者保護法改正では見送られました。やはり、安心して通報するためには、公益通報を理由に不利益な取扱いを受けたときに、所管官庁が何らかの措置をしてくれないと、安心して通報できないと思います。公益通報を理由とした不利益取扱いに対する事後的な救済・回復制度が現存しないことなどから、不利益取扱いを懸念する通報者にとっては公益通報を躊躇させる一方、事業者にとっても早期に違法行為を発見・是正する機会を失わせることにつながります。行政措置の導入にあたっては、公益通報を理由とした不利益取扱いに関する事実の確認を行う消費者庁の執行力強化は喫緊の課題であるといえると思います。国(政府)として、公益的価値のある公益通報をどのように評価していくかが改めて問われていると考えています。

第3に、証拠資料の収集・持出し行為の法的評価の点です。改正公益通報者保護法によって行政通報の要件が緩和され、必ずしも真実相当性の要件を具備する必要はなくなりました。しかし、外部通報は真実相当性の要件を求めており、法人の役員が法的保護を受けるには、行政通報、外部通報いずれも真実相当性の要件が求められています。通報対象事実を裏付ける資料の収集・持出しがなければ、行政通報や外部通報をすることは困難であることはいうまでもないでしょう。この点は、通報先(内部通報)にとっても、通報対象事実に関する証拠資料がなければ、調査や是正措置を着手することが困難な場合も生じます。こうした意味でも、証拠資料の収集・持出し行為への法的保護は必要です。

なお、改正公益通報者保護法に関する参議院での附帯決議(13項)では、改正法附則5条に基づいて、施行後3年を目途とした改正法規定に係る検討事項(「証拠資料の収集・持出し行為に対する不利益取扱い」)として明記されています。公益通報にあたり、証拠資料の収集・持出し行為に対する不利益取扱いの法的保護の在り方に関しては、今後の検討課題とされています」

通報者を保護するための公益通報者保護法。16年ぶりの改正は確かに大きな前進だったが、まだまだ改善の余地は残されている。結局は、通報者が通報に躊躇することなく、そして通報後は企業から不利益を被らないような法的な歯止めの強化が必要ということだ。

少なすぎる人員、通報内容には踏み込めない「消費者庁」 …
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