【損保ジャパン「金融庁処分」の深層#3】SOMPOHD“子会社監督責任”どこまでか

(#2から続く)中古車販売大手のビッグモーターによる保険金不正請求問題をめぐって、金融庁は1月25日、損害保険ジャパンおよび親会社のSOMPOホールディングス(HD)に業務改善命令を出した。その結果、グループトップのSOMPOHD会長兼グループCEO(最高経営責任者)の櫻田謙悟氏は事実上の引責辞任(3月末)を余儀なくされた。しかし、「持株会社」の権能についての見解は必ずしも定まっていない。#3の本稿では、損保ジャパンでリスク管理担当役員を務め、現在は日本経営倫理学会常任理事の井上泉氏(ジャパンリスクソリューション社長)が、SOMPOHDの経営責任を検証する――。
SOMPOHD「業務改善命令」の内容
1月25日の金融庁処分では、損保ジャパンの持株会社SOMPOHDに対しても、親会社として子会社の監督責任を果たさなかったとして、保険業法第271条の29第1項に基づく業務改善命令を発しました。そして、これに伴いSOMPOHDの櫻田会長が3月末で退任することになりました。今回は、親会社の子会社監督責任という大きな問題を下敷きに、ビッグモーター問題をめぐるSOMPOHDの責任とは何だったかを分析していきます。
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SOMPOHDに対する業務改善命令では、金融庁は以下の4項目について実施を要求しています。
① 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化
② 保険持株会社として、子会社である保険会社の業務の健全かつ適切な運営を確保するための態勢の構築
③ 営業優先ではない、コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土を子会社である保険会社に醸成させるための態勢の構築
④ 上記を着実に実行し、定着を図るための経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化
これら実施要求4項目中、②企業集団の内部統制システム構築と③子会社の組織風土改革がポイントであり、重たい課題となります。
“そもそも論”から言うと、②の企業集団の内部統制システム構築は、会社法362条と施行規則100条で大会社の義務として規定されています。したがって、親会社および子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制を構築運用しなければならないのです。また、次回#4で後述するように、「保険持株会社」であるSOMPOHDには、子会社である保険会社の業務の健全かつ適切な運営の確保に努めなければならないという義務が課せられています。金融庁は、今回のビッグモーター問題で露呈した欠陥をもとに、SOMPOHDが損保ジャパンの内部統制の十分性・実効性を適時・適切に把握し、適切な経営管理を行うための方策の構築を求めているのです。
③は、金融庁は損保ジャパンが“営業優先思想”に固まっているために、ビッグモーターの不正請求等を止められなかったばかりか、“共犯関係”ともいうべき状態に陥ったと認識し、SOMPOHDが損保ジャパンに対して、営業偏重の組織風土を改革し、顧客保護、コンプライアンス重視の組織風土を醸成させるよう指導せよと言っているのです。そして、これらの要求の前提には、SOMPOHD自体も、適切な組織風土にあったとは言えず、経営管理態勢も不十分という金融庁の観察があります。したがって、①で経営責任の明確化を迫っているのです。
経営責任については、現在発表されているトップの櫻田会長の退任だけでなく、他の取締役、中でも監査委員取締役、リスク管理・コンプライアンス担当取締役の責任がどうであったのか吟味されることになるでしょう。
損保ジャパン“待ち”だった親会社SOMPOHD
金融庁は、SOMPOHDへの処分理由として、要約すると下記のような指摘をしています。
① 保険持株会社は、法令等遵守をグループ経営上の重要課題のひとつとして位置付け、率先してグループ内会社の法令等遵守態勢の構築に取り組み、把握された情報を業務の改善およびグループ内の法令等遵守態勢の整備に活用することなどが求められている。しかしながら、SOMPOHDは、損保ジャパンの内部統制の実効性に着目した深度あるモニタリング態勢を整備していなかった。グループの経営に重大な影響を及ぼす可能性のある問題やコンプライアンスに関する事項を担当するSOMPOHDのリスク管理部や内部監査部は、その機能を発揮していない。
② ビッグモーターの問題が発生した後も、SOMPOHDは踏み込んだ実態把握や情報分析を行っていないし、損保ジャパンの不祥事に関して能動的なアクションもとっていない。損保ジャパンに対する経営管理が十分に機能していない。
③ ビッグモーター問題がSOMPOグループ全体の信用をも棄損する重大な問題に発展している中、SOMPOHDは、損保ジャパンからの初報が、内部告発を受けてから半年以上も経過してからの報告であるなど、適時・適切に情報が報告されていない実態に関して、その原因や事実関係の追及を行っておらず、子会社からの報告・情報連携に関する仕組みの見直しを行っていない。
ここでのポイントは、損保ジャパンがビッグモーターの不正保険金請求を事前に防ぐことができず、また発生してからも実効性ある措置を取らなかったことに対し、親会社のSOMPOHDが、積極的に関与せず、基本的に待ちの姿勢で終始したことを金融庁が非難しているということです。
SOMPOHDの櫻田会長は「もっと早く悪い情報を損保ジャパンから報告して欲しかった」と記者会見で述べていますが、親会社として子会社に係るネガティブ(不芳)情報を待つだけというのは、まことに当を得ていません。常日頃からグループ内のネガティブ情報を自ら取りに行く積極的な姿勢が求められていたはずです。SOMPOHDでは不都合の責任を他に求める姿勢に陥っていたように思われます。こうした実態を踏まえて、金融庁はSOMPOHDでは、グループ会社に対する管理・監督が不十分であるとして、業務改善命令を発出しました。
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