【損保ジャパン「金融庁処分」の深層】断罪された組織風土
中古車販売大手のビッグモーターによる保険金不正請求問題をめぐって、金融庁は1月25日、損害保険ジャパンおよび親会社のSOMPOホールディングス(HD)に業務改善命令を出した。一部報道では「業務停止」を伴わない処分については、「激甘」「大甘」といった声が出ているのも確か。とはいえ、グループトップのSOMPOHD会長兼グループCEO(最高経営責任者)の櫻田謙悟氏は3月末に退任することを発表。事実上の引責辞任と言える。結果的に“最高実力者”のクビが飛んだ今回の問題。損保ジャパンでリスク管理担当役員を務めた同社OBで、現在は日本経営倫理学会常任理事の井上泉氏(ジャパンリスクソリューション社長)が、問題を総括する。なぜ、クライシスマネージメントは機能しなかったのか――。
【前回シリーズ】「ビッグモーター×損保会社」問題の核心(全6回)
金融庁は何を改善するよう命令したのか
1月25日、金融庁は、損保ジャパンに対して4カ月にわたるビッグモーター問題をめぐる立入検査の結果、業務改善命令を発出しました。金融庁は、保険会社の業務の健全性・適切性に重大な問題が認められる場合、重大な法令等の違反又は公益を害する行為があった場合、保険業法に従い、①業務改善命令、②業務の全部又は一部の停止命令、③取締役、監査役等の解任、④免許取り消しの行政処分ができることになっています。今回の損保ジャパンに対する処分は、同法132条にもとづく業務改善命令です。なお、親会社のSOMPOHDに対しても業務改善命令が出されました。
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金融庁は業務改善命令の中で、損保ジャパンに対し「業務の健全かつ適切な運営を確保するため」に以下の6項目を実施するよう命じています。
① 今回の処分を踏まえた経営責任の明確化
② 適切な保険金等支払管理態勢の確立
③ 実効性のある代理店管理(保険募集管理)態勢の確立
④ コンプライアンス・顧客保護を徹底するための態勢の確立
⑤ 営業優先ではなく、コンプライアンス・顧客保護を重視する健全な組織風土の醸成
⑥ 上記を着実に実行し、定着を図るための経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化
これらの命令の内容を分類してみると、②適切な保険金支払い管理、③実効性ある代理店管理、④コンプライアンス・顧客保護態勢、⑥経営管理態勢――の4項目は、保険会社の事業運営上、当然、実施できていなければならない極めて基礎的にして必要不可欠なことばかりです。金融庁は、損保ジャパンではそれができていないと指摘しています。したがって①経営責任の明確化――につながるわけです。
一方、⑤は「組織風土」を問題にしています。組織風土とは、経営理念、ミッション、コーポレートパーパスなどにつながる企業の土台ともいうべきものですが、その会社で培われた経営を貫く思想であり、従業員の価値観、判断基準に大きな影響を及ぼします。金融庁は、損保ジャパンにおいては「健全な組織風土」が醸成されていなかったと考えているわけです。
この組織風土は、損保ジャパンの諸問題を考える上で重要な位置を占めます。組織風土はCOSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)の内部統制概念(Internal Control – Integrated Framework)では「統制環境(control environment)」と表現され、組織の気風を決定し、組織を構成する人々の統制に対する意識に影響を与え、規律と構造を提供するものです。したがって、統制環境に欠陥があると、いかなる内部統制活動も無効になります。この意味で、損保ジャパンでは、まず⑤を徹底的に総括・反省して「健全な組織風土」を充溢させなければ、後に続く②③④⑥も有効でなくなるという点に注意が必要です。
この業務改善命令を受け損保ジャパンは、業務の健全かつ適切な運営を確保するための業務の改善計画を、2024年3月15日までに提出し、ただちに実行するとともに、改善計画について、3カ月ごとの進捗および改善状況を報告する義務を負います。おそらく、この報告義務は、最低2年間は継続するものと思われます。
金融庁「損保ジャパン処分」の特徴
今回の金融庁の処分には、大きな特徴があります。ビッグモーターを代理店としていた損保会社は7社あり、その全社に金融庁はビッグモーターとの取引に関する報告を命じましたが、唯一、損保ジャパンだけに立ち入り検査が入り、そして業務改善命令が出されているのです。鈴木俊一金融担当大臣は2023年8月1日の記者会見で、「損保ジャパンを重点的に調べる」と述べ、当初から厳しい姿勢を示していました。
さらに業務改善命令を出した2024年1月25日、鈴木大臣は、記者団に対して「一連の対応に重大な問題が見られたことは大変遺憾だ。本件を重く受け止め、こうした事態を二度と起こさないよう抜本的な改善を求める。金融庁としては、企業文化や経営のあり方まで踏み込んで必要な改善が進んでいるか丁寧に見ていく」と異例のコメントを出しています。(太字筆者)
また、公表された業務改善命令には、「内部統制が崩壊」「極めて甘いリスク認識」「想像力を欠き、リスク認識の欠落により問題を矮小化」「経営陣としての資質を問われかねない」などと激越な表現が並び、金融庁の怒りすら感じられます。この金融庁の異様とも思える厳しい損保ジャパンへの対応はなぜなのか。次回では、業務改善命令、ビッグモーター、損保ジャパン、三井住友海上の各第三者委員会による調査報告書等をもとに分析していきます。
(#2に続く)
【前回シリーズ】「ビッグモーター×損保会社」問題の核心(全6回)
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