遠藤元一弁護士「東芝」なぜ内部通報が多かったのに粉飾情報は届かなかったのか【不祥事と内部通報】
旧ジャニーズ事務所の故ジャニー・喜多川元社長による性加害問題、アメリカンフットボール部の違法薬物事件に端を発した日本大学のガバナンス問題、そして劇団員の自殺がきっかけで白日の下に晒された宝塚歌劇団のパワハラ問題……。2023年はエンターテインメント界や教育機関における不祥事に耳目が集まったが、規模の大小を問わず、上場企業における不正・不祥事も後を絶たなかった。
第三者委員会ドットコムの集計によると、2023年に不祥事案を受けて第三者委員会、あるいは、それに準じる調査委員会を設置した上場企業は79社に及ぶ。ただし、「Governance Q」で確認できた、社内の「内部通報」窓口への通報を端緒に問題が発覚したことが明示されている企業数は、そのうち6社に過ぎない。各社が統一的に記載しているわけではなく、すべてを網羅できているわけではないので、あくまでも社数は目安だが、それにしても、不正・不祥事の検知において、内部通報が有効に機能しているとは言い難い状況だ(#1記事参照)。
そこで今回は、企業不祥事やコーポレートガバナンスの問題に詳しい東京霞ヶ関法律事務所の遠藤元一弁護士に、内部通報制度の在り方や運用についての実情と問題点について聞いた。前後編でお送りする。
通報内容はハラスメントと人事関連が大半
少し古いデータになりますが、消費者庁の「平成28年度民間事業者における内部通報の実態調査報告書」(2017年1月公表)によれば、内部通報制度を導入していると回答した1607事業者に対して社内の不正発見の端緒として多いものを尋ねています。そこには「従業員等からの内部通報(通報窓口や管理者への通報)」が58.8%と出ています。
当時は、内部統制を整備する過程での業務プロセスの改善を進める中で不正や不祥事が発覚するケースが比較的多かったので、これからは内部通報による発覚が増えていくと予測されていましたが、最近の不祥事発覚の端緒のサーベイ等による集計を見ると、必ずしもそうではないということなのでしょう。実態としては内部通報で発覚した不正・不祥事の件数は公表された件数等よりもっと多いのかもしれませんが、やはり内部通報制度が実効的に機能して不正が検知されることが期待されている以上、制度としてまだまだ機能していないと言わざるを得ません。
2015年に有価証券報告書等の虚偽記載等(不正会計)が発覚した東芝の内部通報について興味深いことがあります。同社は2000年から内部通報制度を設けていて、東洋経済新報社が出している『CSR企業総覧2015年度版』によると、内部通報件数が多い企業の29位にランクインしています。
何が興味深いか(問題なのか)と言うと、通報件数は相対的に多いかもしれないけれども、会社にとって企業の継続性を揺さぶりかねないクリティカル(危機的)な、不正・不祥事についての通報――東芝では有価証券報告書等の虚偽記載に当たる粉飾決算(不正会計)――が窓口に届いていなかったということです。私自身、企業の内部通報の通報窓口業務を務めている経験等から認識していることなのですが、内部通報の内容の大部分は、パワハラやセクハラといったハラスメント案件と、自分は会社に冷遇されているという人事上の不満等に関わる案件です。
もちろん、これらの問題も、その改善は、職場環境を改善することにつながり、また、人的資本を経営に活かす観点からも重要です。また、品質偽装を引き起こした自動車メーカーの調査報告書が品質偽装の原因のひとつとしてハラスメントを指摘していたように、ハラスメントが横行する現場に不祥事の芽が潜んでいることもあるでしょう。
しかし、この手の通報はある企業でも、経営者不正のような、企業価値の著しい毀損につながるクリティカルな不祥事案件が、通報に占める割合はあまりに小さいのです。なぜ、それがトップに届かないのかと言えば、答えは明確だと思います。それは、経営トップが、不祥事を無くしたいと本気で思っていないからです。また、経営トップ自らが不祥事に関与する場合は、内部統制を無視・破壊してしまうからです。
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