【ビッグモーター×損保の核心#6】損保ジャパン「120億円」で躓いたガバナンス

損保ジャパンの「車両紹介」再開
(#5から続く)ところが、これまでビッグモーターの局部的にとどまらない不正を認識していたはずの損害保険ジャパンにおいて、停止していた車両紹介を再開する決断が2022年7月6日の役員会でなされたのです。その役員会で白川儀一社長は、「未来志向」で、ビッグモーターへの車両紹介を速やかに再開してはどうかとの提案をしたのです。これに対して追加調査が必要との意見も出されましたが、最終的には上記提案に異論を述べる者はおらず、全会一致で車両紹介の再開が決められてしまいました。
車両紹介再開の理由
金融庁も指摘しているように、問題はなぜそのような決断をしたかです。今年9月の記者会見で白川社長はその理由を、次のように述べています。記者会見記録から忠実に再現すると……
「紹介停止中も、お客様の自主的な判断でBMに入庫しているケースが続いていたので、不正請求の発生に早急に手を打つべきと認識していた。そのために疑義の追及に時間をかけるよりは、今後の被害拡大を防ぐために、厳しい再発防止の実行を条件にして、現状を再開させることが、これから入庫するお客様にとっても、当社にとってもベターと判断した」
この説明だけでは、ビッグモーターの不正の報告を受けて以来、厳正な措置を部下に要求し、その姿勢を堅持していた白川社長が、かくも腰砕けになった理由がよく分かりません。ビッグモーターの不正請求を知らずに、これから入庫する契約者(お客様)のことは心配しているように見えますが、これまで被害に遭った多数の契約者に対しては、「未来志向」からすると、疑義の追及をする必要がないというふうに聞こえます。
真に「未来志向」を目指すなら、過去の悪行はすべて清算しておく必要があることは、言うまでもありません。また、保険金不正請求を全社的規模で行い、それを指摘する調査報告書を改竄するような相手を、どうしてそんなに簡単に信じることができたのかも理解し難い。現に車両紹介再開後もビッグモーターは不正請求を続けており、損保ジャパンは結局、2022年9月14日に再び車両紹介の停止措置を取らざるを得なくなっているのです。
したがって、損保ジャパンの経営論議において、「未来志向」というような単純にして無邪気な発想で物事が決まったとはとても考えられないのです。
白川社長はもうひとつの理由を述べています。
「代申会社(代理申請会社)として取引損保を代表して疑義を追及してきたことで、競業他社に現在の取引が大きくシフトすることに強い懸念を持っていたことも事実。当時は現在報道されているような悪質な犯罪行為が行われているとは認識していなかった」
つまり、幹事損保として疑義を追及し続けるとビッグモーターから嫌われ、他社に乗じられてシェアが減らされるという心配をしていたということです。これが本音でしょう。数字を失いたくないという強迫観念が、不正に敢然と立ち向かう勇気を凌駕してしまったのです。その後付けの理屈が「未来志向」と理解されるべきでしょう。
収入保険料120億円という数字の重みは、確かに担当営業店にとって致命的に重要です。数字を守るために何とかしたいと考え、その手段がコンプライアンスから外れることもしばしば起こります。しかし、これにブレーキをかけるのが、すぐれて経営者の役割だったはずです。経営者としては、自社の業績をまず考えることは当然として、それ以外にも企業の社会性や人間性をも考慮したESG経営をしなければなりません。
これまでビッグモーターがどのような相手なのか十分な情報を持ちながら、結局、ビッグモーターに同調してしまったのは、数字に目が眩んだからです。120億円を心配する営業担当者の発想と2兆2000億円の保険料を誇る会社の社長の発想が同じであったということが今回の問題の本質なのです。これは白川社長のみならず、経営陣全体の問題として徹底的に総括しておかなければならないことです。
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