【ビッグモーター×損保の核心#3】ガバナンスなき「大会社」の罪と罰

(#2から続く)11月7日、ついに金融庁が損害保険ジャパンの親会社、SOMPOホールディングスに立ち入り検査を実施する事態になったビッグモーター問題。当の損保ジャパンでリスク対応担当役員を歴任し、現在は企業・組織の危機管理を手掛けるジャパンリスクソリューション社長の傍ら、日本経営倫理学会では常任理事(ガバナンス研究部会長)を務める井上泉氏が、問題の本質を解き明かすシリーズの第3弾。会社法上の「大会社」だったビッグモーターだが、ワンマン創業家支配のもとでガバナンスが機能することはなかった――。
「取締役会」が開かれていなかった“1人株主企業”
ビッグモーターは、ビッグアセットを親会社とするビッグモーターグループの中核を担う事業会社であり、ビッグモーターの100%子会社としてビーエムホールディングス、ビーエムハナテンの2社があり、いずれも自動車鈑金・塗装事業を営んでいます。
ビッグモーターは、期末の負債合計額が200億円を超える「会社法上の大会社」です。また、株式譲渡制限のかかった非公開会社なので、機関設計上少なくとも監査役1名と会計監査人の設置は必要ですが、監査役会(監査役3名以上かつ半数以上は社外)および社外取締役の設置までは義務づけられていません。ビッグモーターのような全国展開する大規模な会社としては、極めて脆弱なガバナンス形態であると言うほかありません。
しかもその上に、ビッグモーターには実質的に自ら重大な意思決定ができないという構造的な問題を抱えていました。ビッグモーターの株主はビッグアセット1社のみであるため、ビッグアセットは株主全員出席総会の形で随時ビッグモーターの株主総会を開催することが可能でした。ビッグアセットの代表取締役である兼重宏行氏(実はビッグモーター前社長)は、随時ビッグモーターの株主総会を開催し、取締役や重要な使用人の選解任ができたのです。
おそらく、そのせいでしょうが、ビッグモーターには取締役会が開催されていたという記録がありませんでした。これは会社法上の四半期に一回の取締役会開催義務に違反していることは元より、ビッグモーターのガバナンス上の本質的な欠陥を露呈しています。すなわち、ビッグモーターのような取締役会設置会社は、すべての意思決定を株主総会決議で行えるわけではなく、取締役会において法定の重要事項を決定する義務がありました。
こうした事実から分かることは、ビッグモーターでは、会社法が想定している取締役会による個々の取締役の監督は行われず、代わりに1人の専制的リーダーが、何の掣肘もなく好きなように意思決定し会社を運営できるワンマン企業であったということです。ワンマン企業が必ずしも悪いというわけではありませんが、そのリーダーに倫理観が乏しいとき、不祥事が起こりやすいということが過去の経験からも分かっています。
“現場点検”レベルだった「監査役」
ビッグモーターには監査役が1名いました。しかしながら、取締役会の開催記録がないため、監査役が取締役会に出席し、意見を述べていたか、取締役の不正行為等を報告したか否かは確認できていません。監査役の活動としては、親会社ビッグアセットの監査役1名とともに、手分けして1日当たり1~2店舗を巡回し、1店舗当たり2時間程度、帳簿の確認や店長・工場長にヒアリングなどを行っています。各店舗への監査頻度は2年に1回程度でした。
しかし、その監査スコープは主として帳簿点検と一般的な業務遂行状況ヒアリングにとどまり、各拠点における業務遂行上の問題点は何かという本来監査役が持たなければならない観点での業務監査は行われていませんでした。また、監査役には尋常ではないビッグモーターの取締役会のあり方を指摘する義務があったはずなのですが、その形跡もありませんでした。
監査役にはその会社の内部統制状況の相当性判断という重要な役割があったにもかかわらず、監査が現場の点検程度のレベルでしか行われていないのは、ガバナンスのチェック役として大きく期待を裏切っています。
結論として、ビッグモーターにおいては、会社を所有する株主と業務執行を行う代表取締役が完全に一体化し、しかもチェック役の監査役も有効性を持ち得ないという、実は何が起きても不思議ではないガバナンスの状態だったのです。
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