“究極の選択”を迫られた社員たち
特に2020年夏以降、次期社長と目される兼重宏一副社長(兼重前社長の息子)が営業推進を司りはじめてから、その営業推進手法は苛烈を極め、減点主義、北風政策、激しい懲罰人事が行われました。降格処分の際には本人に弁明の機会も与えられず、またその処分内容は全員が閲覧するイントラネットに掲示され周知されていました。いわば、従業員は不正を選ぶか、身の安全を選ぶかという究極の選択を迫られていたとも言えます。
降格処分は、年収の大幅な減少のみならず、場合によっては転勤を伴い、被処分者の生活に大きな影響を与えました。そのため、このような経営陣による有無を言わせない人事処分の頻発によって、ビッグモーターでは、全社的に従業員らを過度に委縮させ、経営陣の意向に盲従することを余儀なくさせる企業風土が醸成されていったのです。

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”無理・無茶・無謀”な営業目標
どの会社でも経営戦略を実現するために「営業目標」というものが存在します。達成が相当困難と思われるものもあるでしょうが、社員がそれぞれの立場において創意工夫し、努力を傾けることが求められます。しかしながら、それには大前提があります。営業目標が事業を取り巻く諸環境を十分に考慮して合理的に組み立てられていることです。そうでなければ、その目標は単なる御題目に過ぎず、“無理・無茶・無謀”を強いる道具となってしまいます。
ビッグモーターの場合、1件当たりの工賃と部品粗利の合計金額(@)を高めようと号令をかけたのですが、そうすると、その時点でビッグモーターでは、あるべき適切な工賃と部品粗利が取れていないという認識のもと、取り足りない分を獲得すべく頑張れと社員に号令をかけたことになります。しかし、そのようなことはあり得ないでしょう。
請求する整備工場と支払う損保会社の間で、整備工場の提示する修理費と損保会社の積算とが乖離し、整備工場提示数字が高めになることは珍しくありません。それをどう抑え込むかが損保会社の苦労になっています。取り足りないなどということは極めて考えにくい。そうすると、損保会社との交渉で金額アップを図るには限界があるので、それでも1件当たり単価を高めようとすれば、“数字をつくる”しか方法がなく、これが具体的には、事後損傷の作出、やってもいない作業や使用していない部品を計上(いずれもゼロを有にする行為)、中古部品を使いながら新品部品代を請求(低から高への偽装)等のとんでもない行為につながったのです。
毛沢東の言葉として伝えられるものに「上に政策あれば、下に対策あり」という警句があります。上層部がある政策を掲げて組織を督励する場合、それを受けて下の現場では、自分たちの都合のいいように適当に対策を考えるという意味です。与えられた目標が非現実的で実行することが困難、不可能な場合、この現場での自己統制力が強まります。ビッグモーターで起こったことはまさにこれであり、経営者はこうした人間の心理を当然わきまえておかなければならなかったのです。
不見識な経営トップ
ところで、ビッグモーターの兼重前社長は7月の退任記者会見で、「報告書を見て、こんなことまでやるのかと愕然とした」と問題の責任は現場にあるとして、経営としては知らなかったという姿勢に終始しました。聞く者は一様にいかにも白々しいとの印象を受けたはずです。統制環境(企業風土、経営者の思想のあり方)が悪ければ、いかなる統制行動も無効――というのはリスク管理上の鉄則です。売上目標達成を強く求める場合、組織構成員が正道を歩んでいては達成できないと考えると、手段を選ばなくなるのは企業不祥事の典型的パターンです。
そうした現象は商工中金融資不正問題(2016年)、かんぽ生命不適正契約募集問題(2019年)等にも見られたことで、見境のない営業推進は不正リスクの主要なファクターなのです。リスク管理のイロハをまったくわきまえない経営トップが、今回の問題を引き起こした根本原因なのだという自覚が必要でしょう。
(#3に続く)