吉田兼好「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」の巻【こんなとこにもガバナンス!#40(最終回)】

栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)

「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」
吉田兼好(よしだ・けんこう、歌人)

1283~1350年。生家は京都吉田神社の神職。本名は卜部兼好で、吉田兼好は後世の俗称。嫡男でないこともあり、30歳ごろに出家し、和歌や漢文に打ち込む。随筆『徒然草』で哲学的・宗教的人生観を展開した。

現代にも通じる「無常」という概念

『徒然草』は教科書でもおなじみであり、日本で最も有名な随筆といってもいいだろう。しっかりと読んだことがなくても「“世の中は無常だ”のようなことが書かれている」と誰もが頭の片隅にはあるはずだ。

兼好が生きた時代は社会のルールや価値観が揺らいだ時代だった。世の中を良くしようといろいろな方法を考えても、あまり役に立たないのではとみながぼんやり思うようになっていた。

例えば、疫病が流行れば、すべてが吹っ飛んでしまう。どんな権力者でも死ぬ。当時は科学が発達していないので、何が悪いかもわからない。無力感だけがつのる。いくら、合理的に物事を進めようと「はかどる」ことを考えても、ダメなものはダメではないかという境地に達する。そこで、兼好など一部の人が「はかどらないことも美しいのではないか」と言い出す。これが「はかなし」という概念の始まりだ。「世の中は、はかない=無常だ」という、彼の教えが今も共感を呼ぶのは、時代を超えて変わらない世の本質を捉えているからだろう。

では、私たちは無常の世の中で、どういう人生を送ればいいのだろうか。『徒然草』第百八十八段にそのヒントが書かれている。冒頭の「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」はその一節であり、現代語訳すれば「何もかもやろうとすると、ひとつのことも完成しない」となる。

大事なこと以外捨てる潔さが必要

現代は情報があふれている。自ら行動を起こさなくても飛び込んでくる。あれもこれもやらなければ、対応しなければとなりがちだ。だが、人生は短い。何かを犠牲にしてこそ何事かを成せるのは兼好の時代と変わらない。まずは一番大切なことに集中する。重要そうに思えることが増えても、一番大切なこと以外は捨てていく。

組織の意思決定も同じだろう。競合の動向や市場の需要など環境要因はいろいろあるが、自社がどうあるべきか、どうしたいかさえ明確になっていれば迷いは消える。ぶれないことこそがガバナンスの要諦だ。

(完)