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ヘンリー・フォード「もし顧客に望むものを聞いていたら、『もっと速い馬が欲しい』と言われただろう」の巻【こんなとこにもガバナンス!#18】

栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)

もし顧客に望むものを聞いていたら、『もっと速い馬が欲しい』と言われただろう」
ヘンリー・フォード(アメリカの経営者)

1863~ 1947年。自動車王。1903年フォード自動車会社を設立し、量産大衆車「T型フォード」を製造、大量生産方式のフォードシステムを確立する。T型フォードは発売以来19年間弱で1500万7033台を生産した。これは1972年に「フォルクスワーゲン・ビートル」に破られるまで、1型式の自動車の生産記録だった。

自動車を“大金持ちの趣味”から“庶民の足”に変えたフォード

T型フォードの登場は単なる一車種の発売ではなく、自動車を「日常の足」に変えた。新たな移動手段の発明になった。

19世紀後半、米国には500社以上の自動車メーカーが存在していたが、大半が“一品物”だった。車種によって部品もバラバラなため、故障しても部品が手に入りにくい上に、熟練の技術者でなければ修理できなかった。自動車は大金持ちの趣味であり、多くの人にとって実用的な移動手段は馬車だった。

こうした中、フォードは移動手段に革命を起こす。

それまで自動車は最初から最後まで熟練工による手づくり方式だったが、同じ部品を使って、工程を細分化。熟練した技術を持たない者でも生産できる体制も整えた。その結果、自動車1台をつくるのに業界標準で約20日かかっていたものが、フォード社はわずか4日で完成させた。

当然、同じモデルを同じ部品で大量につくるので、価格も引き下がる。手づくりの車は1500ドル前後だったが、1908年に発売されたT型フォードは約半額の850ドルだった。これだけでも画期的だが、フォードは満足していなかった。フォードは馬車の値段(約400ドル)を想定していたからだ。

有言実行で、翌年には609ドル、1924年には290ドルまで引き下げた。同じモノを同じ材料で同じようにつくれば安くつくれる。交換可能な製品を大量生産することで、修理もできるようになる。自然と市場は広がる。今では当たり前の資本主義の原理を工業の世界に持ち込んだ。発売年の1908年に9%だったフォード社の市場シェアは1919年に55%を超えた。

顧客は「本当に欲しいモノ」を知らない

「お客様は神様です」と昭和の国民的歌手、三波春夫は語ったが、ビジネスの世界でも顧客第一主義がビジネスの王道として礼賛されている。

ただ、大きな変化を生み出すモノやサービスは顧客の声からは生まれにくい。フォードが顧客の声に耳を傾けていたら、「もっと速い馬」を求める馬車の時代は続き、移動革命は確実に遅れていただろう。彼はフォード社を立ち上げる前に2回も自動車ビジネスでの起業に失敗し、3度目で成功をようやく収めている。

顧客は自分自身が何を欲しいか、本当のところを分かっていない。市場に提供したモノやサービスを見て、初めてこれが欲しかったのだと気づく。人は自分の外にあるモノを欲することはできない。そう信じて、道を切り開いた。

フォードの冒頭の言葉を好んで使っていた経営者の一人が、アップルのスティーブ・ジョブズだ。

彼はT型フォード登場から約100年後の2007年、顧客の声などに耳を一切貸さず、自らの感性に従って独創品を生み出した。「iPhone」だ。競合他社の幹部には「こんなオモチャ、誰が買うんだ?」と笑われたが、どちらが正しかったかは、みなさんが一番ご存じだろう。

(月・水・金連載、#19に続く)

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