徳川家康「人を用いるには、必ずその者の長所を取るべきである」の巻【こんなとこにもガバナンス!#16】
栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「人を用いるには、必ずその者の長所を取るべきである」
徳川家康(とくがわ・いえやす、江戸幕府初代将軍)
1542~1616年。8歳で今川氏の人質となって駿府(静岡市)で過ごし、19歳の時、三河(愛知県)岡崎城に戻る。豊臣秀吉と争うものの、のちに豊臣五大老の筆頭になり、秀吉の死後に石田三成を関ヶ原の戦いに破る。1603年、征夷大将軍となって江戸に幕府を開いた。1605年に息子の秀忠に将軍職を譲ったのち、隠退したが、大坂の陣で豊臣氏を滅ぼす。
適材適所を重視した家康
冒頭の言葉には続きがある。
「たとえば耳目口鼻のようなもので、おのおの司るところがあって、それによって用をしている。鵜は水に入ってこそ能があり、鷹は空を飛んでこそ能がある。人間というものは、それぞれすぐれたところがあり、すべての長所が一人に備わっていることを求めてはならない」
家康は「才能の適不適を論ぜずに、禄高で軽重をいうのは人を使う道ではない」とも述べている。「卓絶した才能をもつ材芸の士がいるとする。行動はかならずしも立派でなくとも、それを抜擢して用をなさせるべきである」と人を使う極意を語る。
今の日本の組織では加点ではなく減点主義の傾向があるが、プラスの面を評価し、適材適所を意識しなければならないと家康は説く。適性をあまり考慮せずに、学歴や職歴などで人を起用しがちだが、そうした姿勢も戒める。実際、家康は鷹匠だった本多正信や猿楽能の大久保長安を抜擢している。
ガバナンスに通じる戦国武将の考え方
戦国武将の思想には論語の影響が強く見られる。今回取り上げた「人を用いるには、かならずその者の長所を取るべきである」も、論語の「どんな能力のある人間にも限界がある。足りないところは他人の知恵で補え」という教えが色濃く表れている。儒学が官学となったのは江戸時代だが、名将たちは僧侶たちから中国の古代思想を教え込まれた。家康も今の静岡の臨済寺で8歳から11年間、孟子や論語など中国の古典教育を受けていた。
戦国時代は今日、生きるか死ぬかを迫られる連続であり、今、どうしたらよいかの方法論を説く論語との相性は良かったのだろう。一文が短く、読み方も自由なので自分なりに解釈し、活用もできる。「自分のための論語」を確立し、家中を統率し戦で領地を拡大し、そして治めた。
現代の経営者もガバナンスの参考として論語に学ぶ人は多いが、生死を賭けた戦国武将の言行には論語のエッセンスが詰まっている。それは動乱の世の中を生き抜いた極意といっても言い過ぎではない。不透明性が高い今の時代だからこそ、「昔の話」と片づけず、武将の名言に耳を傾けてみるべきだろう。
(月・水・金連載、#17に続く)
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