NHK「記者30万円不正経理」に“またか!”の既視感【ガバナンス時評#9】
記者の不正経理に「第三者委員会」を設置
「またか!」との思いを抱かざるを得ないニュースが報じられた。NHK報道局記者の「不適切な経費請求」である。
報道によれば、9月末、30代の記者が12件の私的な飲食代、合わせて約30万円分を不正に経費として請求したことが発覚。NHKは第三者委員会を設置し調査を進めると発表したが、記者は自ら退職を願い出たため、11月2日に懲戒免職を決定したという。この経緯にも、再び「またか!」との思いを抱いた。
ひとつ目の「またか!」は、2004年にNHK職員の不正な経理請求やカラ出張など経費にまつわる不祥事が浮上、その後、さまざまな経緯を経て私自身が委員長を務めた「コンプライアンス委員会」が設置されるなど、不正経理への対処のみならず、ガバナンス全体を見直す組織改善を行った経験があったためだ。
あれから約20年の月日が経ち、また同様の事案が発覚したのである。
もうひとつの「またか!」は、NHKが不正な経理請求の実態解明のために「第三者委員会を設置する」と発表したことに対してだ。
国民から料金を徴収し公共放送を担う組織として、職員の経理上の不正請求は確かに問題ではある。が、そうは言っても、1人の記者による約30万円の不正経理の問題。なぜこの規模の事案の調査を、内部で自らの手で行うことができないのか。内部監査部門はなぜ機能しないのか。ちなみに、NHKには会長に直結した「内部監査室」という部署が存在する。
あるいは、いまだ公になっていない、より深刻な問題が背後に存在しているのかもしれない。いずれにしても、これではNHK内部に自浄能力どころか、実態調査を行うガバナンス能力すらないことを露呈した、と言わざるを得ない。
職員による金銭不祥事が多発した2004年
今回はまず、ひとつ目の「またか!」について、2004年当時のNHK内部のガバナンス意識と、私自身が委員長を務めた「コンプライアンス委員会」がどのような調査を行い、最終報告書を提出したかを振り返りたい。
前述の通り、NHKでは2004年に芸能番組のチーフプロデューサーによる製作費の巨額詐取や、ソウル支局長による取材経費の不適切処理、編成局幹部によるカラ出張が発覚するなど、問題が相次いだ。
そこでNHKは2004年に「業務点検・経理適正化委員会」を設置した。だが、この委員会が取り組みを進めている間にも、制作費の架空請求や報道局チーフプロデューサーのカラ出張などが起きている。そして、業務点検・経理適正化委員会の調査に基づく改善策はほとんど功を奏すことはなかった。
2000ゼロ年代半ばは日本でも内部統制議論が活性化し始めた時期に当たる。2002年にはアメリカでSOX法(企業改革法)が成立し、2006年には日本でも金融商品取引法が成立して、その一部はJ-SOX法として知られるようになるが、そういった時代背景だった。NHKもこうした流れに乗って内部統制を強化しようとはしてはいた。しかし、その運用はおろか、理解さえ浸透していなかったのだ。
最高意思決定機関であるNHK経営委員会はこれに強い危機感を覚え、2006年に諮問機関として「NHKコンプライアンス委員会」を設置、私が委員長を拝命することになった。
ここでは経理不正の問題のみに的を絞る形で調査を行い、2007年に最終答申を公表した。最終答申は今もウェブ上で閲覧できるが、その過程で触れたNHK職員のマインドには、とにかく驚かされることばかりだった。
NHK経営委員会「コンプライアンス委員会・答申等」サイト
https://www.nhk.or.jp/keiei-iinkai/compliance/kouhyou/070626.html
当時の最終答申を見ても分かるように、NHK職員の間では「みなさまの受信料で成り立つNHK」という根本原理が忘れられ、報道機関であるとともに公共放送機関であることへの意識も薄れていた。
一方で、ガバナンス重視と合わせてコンプライアンスの重視が叫ばれ始めた社会風潮を受けて、NHK内部でもそうした声は聞こえつつあったものの、「何がガバナンスであり、コンプライアンスなのか」は必ずしも理解されていなかった。そのため、特に管理職を中心に閉塞感や疲労感が広がっていたのである。
こうした状況を踏まえ、最終答申ではトップマネジメントのリーダーシップ強化から人事評価、監視体制の強化などについて具体的な提案を行った。そして2004年から導入されていたにもかかわらず、社内で正しい知識が共有されていなかったCOSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)の内部統制フレームワークを機能させるための改革を提言した(COSOについての詳細は連載#1参照)。
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