フジテレビ港社長会見と社外取締役に求められる「型破りなアクション」【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#10】
1月17日フジテレビ社長会見直前に届いた記者からのショートメッセージ
1月17日金曜日の15時少し前のことだった。知り合いの記者から、15時から始まるフジテレビの代表取締役社長の記者会見についてのコメントが欲しいとの連絡がショートメッセージとメールで送信されてきた。
15時から、毎月1回開催のオンライン研究会が始まるが、取材側も、時間との勝負で早めにコメントが欲しいはず。オンラインで報告を聞きながら、パソコンでフジテレビの親会社、フジ・メディア・ホールディングス(フジHD)の有価証券報告書と、任意開示書類である統合報告書・CSRレポート等を探し、人権についてどのような記載がなされているか、リサーチを開始した。
高らかに「人権尊重」を謳うフジテレビの有報とSDGsレポート
まず、フジHDの2024年3月期の有報を見てみると、その【第2 事業の状況】の《1 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 (3)サステナビリティ・ESGの推進》の項目に、〈2023年11月には、人権を尊重して事業活動に取り組む当社グルーブの姿勢を一層明確にするため「グループ人権方針」を策定しました。その方針のもと、……人権意識のさらなる向上を目指します。〉との記載がある。
また、《2サステナビリティに関する考え方及び取組 (2)戦略 ②人的資本について》には〈当社グルーブにおいて多様な「価値」を生み出す要となるのは「人」です。……全ての従業員・スタッフが個性を発揮し活き活きと働くことができること、安心して働き続けられる環境があることは、事業活動を円滑に循環させ、永続させていくために不可欠と考えています。〉との記載がある。
【フジ・メディア・ホールディングス】2024年3月期有価証券報告書
https://contents.xj-storage.jp/xcontents/46760/944d58bf/ad7c/411b/a4dd/ba7c35c8a6c5/S100TQX0.pdf
次に、CSRレポートに相当する『フジテレビ SDGsアクションレポート2024』を見てみると、「フジ・メディア・ホールディンググルーブ 人権方針」が1頁を使って大きく引用され、そこには〈本方針は、当社グループが人権を尊重しつつ事業活動に取り組むことを明確にするために定めるものです。〉との宣言のもとに【適用範囲】として〈本方針は、当社グループの全ての役員と従業員に適用されます。またグループ企業のビジネスパートナーに対しても本方針に沿った人権尊重を期待します。〉。
さらに【人権尊重に関連する規範や法令の遵守】として、〈当社グループは、国際人権章典(世界人権宣言及び国際人権規約)や『労働における基本原則及び権利に関するILO宣言』等の人権に関する国際規範を支持・尊重します。また事業活動を行う各国・地域において、その国の国内法、その他の規制を遵守します。〉との記載がある(フジHD有報も含めて赤字強調部分はいずれも筆者)。
【フジテレビ】フジテレビ SDGsアクションレポート2024
https://www.fujitv.co.jp/sustainability/csr_report/pdf/SDGsActionReport_2024_singlepage.pdf
国連の専門機関として労働問題を取り扱うILO(国際労働機関)が労働に関する最低限の基準として、①結社の自由・団体交渉権の承認、②強制労働の禁止、③児童労働の禁止、④差別の撤廃、⑤安全で健康的な労働環境の5分野に関して定めたILO条約にわたるILO中核的労働基準は、ILO憲章を批准して加盟国となった国はすべて批准することが求められている。
にもかかわらず、日本は①「1958年の差別待遇(雇用及び職業)条約(第111号)」と、②「1987年の職業上の安全及び健康に関する条約(第155号)」には批准していない。
ところが、フジテレビのグルーブ人権宣言は、日本が批准していない①②も含めて人権を尊重することを高らかに謳っている。
さすがに東証プライム市場上場企業であると感じたことと、同時に果たしてこのグルーブ人権宣言は、同社の取締役会できちんと議論を経て策定・公表されているのかという点が気になった。
上場企業が人権方針等を策定・公表する場合、当該企業の取締役は、自社が公表した人権方針等を基本として人権尊重責任に取組むことが求められる。人権方針や取り組みがイメージアップのためのポーズに過ぎず、実態を伴わない場合は、いわゆる「ブルーウォッシュ」ということになる。
すなわち、人権のために慈善活動や環境・人権に配慮した取り組みを行っていように見せかけて、実はそれがきちんと機能しておらず、ただ利益を産むためだけに装っているだけだと判断されるというわけだ。結果、レピュテーションが著しく毀損する可能性が高く、人権方針等に基づき人権尊重責任を履行しない取締役は会社法上も任務懈怠責任を負うことになりかねない。
また、有価証券報告書に財務情報以外の記述情報(非財務情報)の記載が増加している。財務情報だけでなく、非財務情報に虚偽記載がある場合、有報の虚偽記載として上場企業や取締役らは、金融商品取引法で、虚偽記載が生じないように相当な注意を尽くしたことを自ら立証しない限り、投資家などに対して損害賠償責任を負う仕組みが採られている。
翻ってフジテレビについて言うと、24年3月期のフジHD有報にある上記記載が「虚偽」と判断されれば、金商法違反として損害賠償責任を免れないことになる――。このような簡単なメモを作成して送信した後、オンライン研究会の報告を聴くことに集中した。
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