【内部通報特集#5】ハラスメント通報に溺れる「内部通報」窓口の“次のステージ”
少なすぎる人員、通報内容には踏み込めない「消費者庁」
(#4から続く)消費者庁は公益通報者保護法改正法に基づき、企業などに対して報告徴収や指導・勧告ができる。また、行政罰や企業名公表も可能だ。現時点でそうした摘発事例は確認できないが、いわゆる一罰百戒の意味での“摘発1号事案”はあり得るのか。
「改正公益通報者保護法のポイントである内部通報体制整備義務の実効性確保のために行政措置(助言・指導、勧告及び勧告に従わない場合の公表)を導入していますが、現在のところ、行政措置を受けた事例(15条、16条適用事例)を確認することはできません。当然、改正後初の行政措置事例は注目に値するのですが、法律を所管する消費者庁が、各事業者の内部通報体制整備義務の履行状況等を丁寧に確認しながら、必要に応じて、報告の徴収、助言、指導、勧告を行うことになると思います。改正後は公益通報者保護法も通報対象法律に加えられていますが、公益通報者保護法違反に関する情報を消費者庁がいかに収集し、そうした情報をいかに初動につなげていくかが重要なポイントであると考えます。この点については、公益通報者保護法18条の「公益通報及び公益通報者の状況に関する情報…の収集、整理及び提供に努めなければならない」とされている規定との関係を踏まえても、消費者庁による情報収集能力が公益通報者保護制度の実効性確保の鍵になると言えるでしょう」(淑徳大学・日野勝吾教授、#3・#4記事参照)
日野教授が注目するのは、内部通報体制整備に関する実務運用だ。
「改正公益通報者保護法は、事業者の法令遵守体制の維持・向上と通報者保護の拡充との両立を目指しています。特に、内部通報体制やその運用に関して、改正前は「自主的取組」に留まっていましたが、改正後は法的義務として、また、場合によっては、行政措置が講じられるという「積極的介入」へと大きく転換しました。
また、先ほど指摘した通り、改正後は、通報対象法律の中に公益通報者保護法が入りました。例えば、事業者の内部通報体制整備の不備等に起因して、公益通報対応業務従事者が通報者を特定させる情報を社内に漏えいした場合は、通報者は行政通報(2号通報)が可能となりました。改正公益通報者保護法は、事業者に対して、窓口設置や内部規程の策定等、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備を義務付けていますが、単に形式的に対応できているかをチェックすることに留まらず、実際の実務運用面についても、定期的チェックしておく必要があります」
さらに、日野教授が続ける。
「消費者庁によって、内部通報体制整備義務違反の事業者に対しては、行政措置、すなわち、助言・指導、勧告、勧告に従わない場合の事業者名公表が可能となっています。内部通報をした通報者を特定させる情報を社内に漏えい事案や、通報後も調査を実施しないなどといった事案が、法執行機関としての消費者庁にどの程度、収集されているか。つまり、改正公益通報者保護法施行後1年が経過した現在、内部通報体制整備義務違反に関する事案の情報収集がどの程度できているかが重要なのです。消費者庁側でこうした情報を精査し、報告徴収、指導・勧告を確実に進めつつ、事業者側に対して通報者保護に関する適切な理解を得ていくことも重要な点であろうと思います」
ただ、現実は厳しい。一番深刻なのは、消費者庁特有のマンパワーの問題だ。事実、消費者庁は官庁としては2009年に設置されたばかりで、絶対的にマンパワーが足りない。日野教授も、「例えば、財務省ですと、全国要所に地方部局である財務局が設置されており、関東エリアでは関東財務局が、関東・甲信越の1都9県を所管していますが、その各地に財務事務所や出張所が設置されています。一方、消費者庁には、そういう地方部局、民間企業で言えば、“支店”が全国各地にはない」と指摘する。確かに、消費者庁は「新未来創造戦略本部」を徳島県に設置しているものの、「全国くまなく公益通報者保護法に関する法執行が可能な地方拠点(出先機関)がないのが弱点」(日野教授)になっている。公益通報者保護法第15条で定められた報告徴収などの行政措置をする上で、人員の圧倒的不足は明白で、少ないマンパワーの中で監視能力を発揮しながら、組織個別の内部通報体制の整備状況をチェックすることは、困難な状況にあると言える。
そもそも、消費者庁は通報内容自体に踏み込むことができない。日野教授が続ける。
「基本的に、公益通報者保護法を所管する消費者庁は、個別事案の通報内容や是正措置等までは踏み込めないですし、結局、受理された個別の通報事案を調査したり、是正する内容等も各事業者の判断に委ねられます。仮に、個別の通報事案に関して、対象法律の違法行為が確認されれば、その法律を所管する監督官庁が行政処分等を行うかどうかを検討することになります。消費者庁は指針の解説等を通じて、調査を行う際の留意点等を例示していたりしていますが、個別事案の対応に対して、消費者庁は直接口出しできません。法律上、消費者庁による個別事案への介入権限が許容されていない以上、結局のところ、通報事案に関して調査するか否かを判断することについて、その事業者の総合的な経営判断に委ねられざるを得ません。言い換えれば、各事業者が、内部通報制度を通じてリスクの芽を摘むという観点を重視し、各事業者においてコンプライアンス体制やガバナンス体制が有効に機能しているかどうかにかかっているともいえるでしょう」
問題はそればかりではない。
「例えば、通報者が公益通報を理由に事業者から不利益を受けたときに、消費者庁が、事業者に対して、何らかの行政措置をかけられるかというと、現行法では行政措置をかけられません。通報者が勇気を振り絞って通報したけれども、その通報を理由として降格処分になったとか、職場いじめ・ハラスメントを受けているなどといったケースのときに、現行法ですと、結局、民事裁判に頼らざるを得ない。条文上、公益通報を理由とした不利益取扱いを禁止しているものの、消費者庁が不利益取扱いをした事業者の名称を公表するということはできませんから、そこまで手を伸ばせられない歯がゆさはあるかと思います」(同)
公益通報者保護法は公益通報者の保護を謳っているが、現実は厳しい状況にあると言えるだろう。
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