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【国広正弁護士#1】第三者委員会のパイオニアが伝授する「会社が不祥事から立ち直る法」

日本企業の不祥事・不正が後を絶たない。それどころか、同じ企業が何度も問題を繰り返すケースすら相次ぐ。そんなモラルハザードの核心には何があるのか――を探るシリーズ第2段では、わが国独自の不祥事“原因究明”制度「第三者委員会」を牽引してきた國廣正弁護士が、不祥事・不正を引き起こした企業が自助努力でステークホルダーの信頼を回復し、後世にその教訓を引き継いでいく術と、その妨げになる“内なる敵”との闘い方を伝授する。

「企業不祥事」はステークホルダーの信頼を喪失した状態

企業というのはパブリックな存在であって、たとえ営利を目的とする株式会社であっても社会の中に存在するわけです。もちろん株主という存在もありますが、従業員を抱え、顧客がおり、取引先がいる。さらには工場や店舗があれば、その周辺には地域住民がいます。企業はそうしたさまざまな利害関係者、ステークホルダーに囲まれた非常に社会的な存在であり、社会の役に立たなければいけない存在であるわけです。

もちろん利益を上げるわけですけれども、その利益は何のためにあるかと言うと、当然ながら、経営者の私腹を肥やすためではなく、ステークホルダーに還元するためにある。たとえば配当や従業員の給料、あるいは取引先に正しく還元する。良い商品、良い製品を出して世の中に利益を循環させ、発展に寄与するというのが企業の本来の姿です。それは資本主義と言っても、そういう本来の姿がなければ“持続性がない資本主義”ということになります。

そうした意味で、「企業不祥事」とは企業がステークホルダーの信頼を失う状況、その状況によって企業価値が失われた状態と言えるでしょう。もし仮に企業が不祥事を起こせば、株価も下がりますし、顧客離れという形で企業価値が毀損します。

そうしたときに「コンプライアンス」「法令遵守」という言葉がメディアでよく使われますが、企業不祥事を考える上では不十分なワードです。企業は法令、法律を守らなければならないのは最低限の話であって、法律さえ守っていれば何やってもいいのかと言うと、決してそうではない。その意味においては、企業不祥事とは法令違反ということではなく、むしろ、法の外側と言いますか、企業が果たすべき役割を放棄した状態を言うわけです。

つまり、お客さんを騙したからと言って、必ず刑法犯になるわけではありません。たとえば、芝エビと言ってバナメイエビをレストランで提供したからといって、法律的な詐欺ではありませんし、食品衛生法違反でもありません。その意味で言いますと、企業不祥事とは法令遵守を超えて、顧客、ステークホルダーの信頼を裏切る行為によって、世間から「この会社は駄目じゃないか」と言われることなのです。ステークホルダーという言葉をわかりやすく言い換えれば、「世間」と言ってもいいかと思いますが、企業がその世間の信頼を裏切る行為、これが企業不祥事なのです。

企業不祥事と言っても、いろいろなことが起きます。警察や東京地検特捜部などの捜査当局が動くようなレベルの犯罪もあります。しかし犯罪にまでは至らないけれども、種々の偽装をするとか、そういった不祥事も多い。企業不祥事の中には法律違反も含む不祥事はあるわけですが、国の司法制度である裁判により企業不祥事を正すというのは法令違反がある場合に限られます。刑事裁判に限らず、行政処分も含めてそうです。ただその場合、刑法を例にとりますと、刑法の法律の条文に該当する行為があるか・ないかのみが裁判のテーマになる。そうすると、5W1H、いつ誰がどこで何をどう行ったのかを証拠で証明できるかどうかということだけが裁判のテーマになるわけです。

しかし、なぜそのような犯罪行為が起きたのかも重要です。法で処罰されるのは、実行行為をした社員だけということになるわけですが、その社員を、犯罪を行う状況に追い込んだ会社の体制はどうだったのか。その不正を発見できなかったこと自体に問題があったのではないか。あるいは、会社の過度な利益主義が社員を犯罪行為に追い込んだのではないか。こうしたことを本当は究明しなければならないわけですが、裁判では概して、そういうことは問題にはなりません。

ですから、企業不祥事においては、そういう司法で争点にならない部分まで調べて、事実を明らかにすることが必要になるのです。それでは、なぜ必要なのか。裁判の構成要件該当事実だけでなく、コーポレートガバナンスの側面、つまり、事実の背景や組織上の問題、あるいは企業風土の問題に踏み込まなければ、真の意味での問題の解決にならないわけです。そういうところまで考えますと、企業不祥事の真相解明には、裁判は適切な手段、少なくとも、十分な手段とは言えないのです。

捜査当局ではなく会社自らが“不祥事”の原因を究明する手段

上述の通り、企業不祥事というのはステークホルダー、世間の信頼を失っている状況です。企業は危機管理として不祥事から回復しなければいけない。不祥事で企業が潰れてしまっては元も子もないわけですから、不祥事によって失われた、毀損しているその企業価値を回復することが求められます。ステークホルダーの立場から見ますと、企業が不祥事を起こしたときに、その会社の存続性が大丈夫かどうかを判断するためには、何が起こったのかを“お上”の調査に任せるだけでなく、自分自身の力で明確に出来るかどうか。そして、何が起こったのを幅広く本当の意味での原因まで突き詰めて、「これが原因でした。この原因を取り去るために、こういう再発防止をやります」という説明が企業側からきちんとなされれば、ステークホルダーは「この会社は良くないことをやってしまったけども、きちんと自分の力で不祥事から回復しようとしている」と判断します。そこで初めて企業とステークホルダーとの信頼が回復する。このプロセスがあって初めて企業は不祥事から克服できるわけです。

それでは、克服するためには何が必要か。それは事実調査による原因究明、究明された原因に基づく再発防止、この2つが揃うことによってステークホルダーの信頼が回復されることになります。この一連のプロセスは誰が担うのが良いのか――。警察や検察、裁判所任せでは出来ないとなると、企業が自らの手で行うしかありません。つまり、“自浄作用”です。企業自身が内部調査委員会で原因究明を行うというのはひとつの考え方ですが、企業が内部の人材によって自分自身を調査するとなると、どうしても“お手盛り”になりがちですし、ステークホルダーからもそのように見られかねません。

不祥事の多くは経営体制や経営陣の姿勢に問題があったというケースが多い。そうすると、企業の内部の調査委員会で社長以下、経営陣が悪かったという調査が出来るかどうか。内部で出来なければ、企業から独立した外部の専門家による徹底した調査を行うしかない。言い換えれば、痛みを伴う“外科手術”にならざるを得ないわけですが、やはり社外から「ブラック・ジャック」のような外科医を呼んで、病巣を特定し、かつ病巣を手術で取り去ることが必要になってきます。 

そのためには、企業と利害関係のない「第三者委員会」で純粋な外部の弁護士などの専門家が徹底調査をし、調査結果を対外的に説明することが求められます。その説明を聞いてステークホルダーは会社が立ち直ろうとしているかどうかを判断するわけです。徹底究明し再発防止に取り組んでいると判断すれば、企業とステークホルダーとの信頼は回復し、企業価値が回復する。第三者委の危機管理機能は、失われた企業価値を回復すること、そのために原因を明確にし、説明責任を果たすことにほかなりません。

不祥事企業に法的責任をとらせる裁判や捜査という司法的手法に対して、経営責任や説明責任を果たすことが第三者委員会の最大の目的になります。第三者委というのは法律によって強制される委員会ではありませんが、日本では今の時代、不祥事を起こした企業が第三者委を設置しない場合、企業は信頼を回復できないという“デファクトスタンダード”(事実上の標準)になっていると思います。

警察や検察、裁判所を「ハードロー」とすれば、第三者委員会は「ソフトロー」(自律的ルール)と言えるでしょう。ソフトローとは、国会で議決された法律や条例以外のものであって、広い意味で社会的に規律として機能しているルールを指しています。ソフトローには書かれたものもあり、その際たるもののひとつがコーポレートガバナンス・コードで、同コードはかなり実質的な機能を果たしています。そのほかにも、企業が第三者委を設立して、きちんと自己検証し、説明責任を果たすことも広い意味でのソフトローと呼んでいいかもしれません。不祥事を起こした企業が自浄作用を果たすための、法律で定められたものではない制度が第三者委であると言い換えてもいいでしょう。

次回#2記事は、その第三者委員会の在り様について、さらに詳述していきたいと思います。

【シリーズ記事】

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