東証・経産省「PBR1倍割れ企業」退治の衝撃【株価とガバナンス#1】
無視できなくなったアクティビスト
東証は同時に《株主との対話推進と開示について》というタイトルの6枚綴りのパワーポイント資料を用意して、「投資家と向き合え」とも“お願い”している。特にプライム上場会社にとっては重要なことなので、建設的な対話をして、その対話状況を情報開示しろと言っている。
近年のアクティビストが展開する論理は、基本的に“正論”となっている。かつてのような会社の存続を危うくするほどの高額配当を求めるアクティビストはもはや絶滅危惧種で、高額配当を求める場合は、溜め込んだキャッシュを有効に使っていない場合のみといった状況だ。
東証の指針によって、会社側が「アクティビストだから」という理由で株主との対話を拒否することも、面談要求を受けても、のらりくらりとかわして逃げるということもできなくなった。
コーポレートガバナンス・コード策定から8年が経過しながら、未だにコードの考え方を受け入れない旧態依然とした上場会社に業を煮やしたのか、東証は指針と先の対話推進に関する資料に合わせて、もう一点、《建設的な対話に資する「エクスプレイン」のポイント・事例について》という資料も用意している。
コーポレートガバナンス・コードは「コンプライ・オア・エクスプレイン」(遵守せよ、さもなくば、説明せよ)を前提としている。即ち、上場企業がコードにコンプライしない=従わない場合は、自社の事情をきちんと論理的にエクスプレイン=説明しなければならない、というわけだ。
ところが、一部の上場会社はコードに従わず、さりとて「検討中」という説明だけで数年も放置するなど、前提が形骸化しているとの指摘があることに触れ、東証自らが分かりやすい「エクスプレイン」事例と不十分な事例を紹介するといった手取り足取りぶりなのである(詳細は下記URLの東証資料を参照)。
【東証】建設的な対話に資する「エクスプレイン」のポイント・事例について
そこで東証が10月下旬に発表したのが《「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表の公表等について》である。2024年1月15日をメドに、指針に従って対応を進めている上場会社名を一覧の形で公表するとした。先進事例も紹介するとしているが、逆に言えば、社名が一覧にない会社は「対応していない企業」ということになる。
なお、東証は上場会社の開示状況について、各社のコーポレートガバナンス(CG)報告書に基づいて判断するとしているが、CG報告書については、本特集シリーズの別稿で追って取り上げる予定だ。
【東証】「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表の公表等について
敵対的買収も是とした経産省の指針
そして市場の常識を変えたもうひとつの指針が、経産省が今年8月に出した《企業買収における行動指針》である。同指針は買収提案を受けた会社の心得を説いたもので、平たく言えば、「気に入らない相手からの買収提案でも、自社の既存株主の利益を基準に、真摯に検討せよ」というのがその主旨だ。つまり、敵対的買収であっても、経営陣は真摯にその内容を検討しなければならなくなったのである。
この指針によって、これまで日本では合法ではあっても、とりわけ一般の上場会社が行うには“行儀の悪い行為”と見做されていた敵対的買収が肯定されたと言える。
この指針を先取りしたのがニデック(旧日本電産)だ。指針が出る1カ月前の2023年7月に工作機械メーカーのTAKISAWAに対し、同社の同意を得ないまま買収を宣言。TAKISAWA側は2カ月に及ぶ検討の末、ニデックからの買収提案に応じた。結果的に敵対的買収にはならなかったわけだが、ニデックのような、レピュテーションを意識するであろう上場会社でも敵対的買収に踏み切れるようになった。
さらに12月に入ると、第一生命がTOB期間中にある福利厚生代行のベネフィット・ワンに対して“対抗TOB”を宣言した。ベネフィット・ワンについては、同社の親会社であるパソナグループの賛同を得る形で、医療情報サイトを運営するエムスリーが先行してTOBを実施していた。そんな最中での第一生命の対抗TOBも、経産省の指針を追い風にしたものと言えよう。
いずれにせよ、並々ならぬ本気度を見せる東証と経産省。上場各社のコーポレートガバナンスへの取り組みも自律的にではなく、官主導で進んできた経緯があるだけに、今回も“お上”の掛け声で改革を余儀なくされるのか。本特集シリーズでは、多角的に両指針を分析していく。
(#2に続く)
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