【スタートアップ「ガバナンスの乱」】主力メンバー離脱の危機#1
「使命」「成長」「上場」を免罪符に、コーポレートガバナンスはおろか、コンプライアンスが脇に置かれがちなスタートアップ企業。しかし、新興の未上場企業とはいえ、いまやそんな考えが許される時代ではない。新規株式公開(IPO)を視野に入れるのではあれば、なおさらのことである。本特集では、”あるスタートアップ”を舞台に起こった内紛劇をたどることで、上場を目指す進行企業におけるガバナンスの危うさを全3回でレポートする。
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足もとでは中古車販売大手、ビッグモーターによる内部不正が社会問題としてクローズアップされ、非上場・オーナー企業に関するガバナンスの在り方に関心が寄せられている。一方、IPOを目指すスタートアップも非上場・オーナー企業であり、創業者がガバナンスに高い関心と見識を持ち、先頭に立って取り組まなければいけない。いまやガバナンスやコンプライアンスをかなぐり捨ててでも、売り上げだけを上げていればいいという時代ではないのだ。
筆者は、スタートアップ業界に身を置き、経営者とともに経営の一翼を担ってきた。スタートアップは、直面する社会課題を強く感じた起業家が“志”をともにする投資家や社員を募り、その課題を解決していくために創業された会社――。残念ながら、そんなイメージとはかけ離れたスタートアップも存在している。そればかりか、創業者は、外側ではバラ色のエクイティストーリーを描きながら、内側では社員を代替可能と捉え、“やりがい”を搾取。それでいて、その事業の目新しさから、社会的に評価を受けているケースすら見受けられる。
そこで、筆者が関わった”ある会社”の事案を紹介したい。 なお、現役社員や元社員など、関係者の素性が明らかにならないように、彼らの証言を総合し、描写することを予めお断りしておく。
「社長にはついていけない」失意の主力メンバーたち
ある年の年明けに、この会社を支える主力メンバーの数人が退職を決意し、近しい人間にこう伝えた。
「あの社長にはもうついていけない……」
これまでも、この会社には創業社長と折り合いが悪くなり、退職する者が定期的に現れることはあった。また、入社早々に社長に違和感を持ち、1年も経たずに退職を決意する者が出るのも珍しいことではなかった。しかし、今回ばかりは事情が違った。
どの会社でも、その人が会社に見切りを付けるなら、周囲が「(会社は)まずいな」という感覚を持つ特定の社員がいるものである。この年明けの告白はまさにそれだった。というのも、この主力メンバーたちが入社して以降、創業社長と対峙しながらも、両者の間で様々なバランスが図られることによって、他の社員たちも、徐々にではあるが、このスタートアップが会社としての体を成してきている実感があったからだ。それを根底から揺るがす事態だった。
メンバーの一人の退社理由は、あるトラブル案件の処理だった。社長と紛糾した結果、あまりの侮辱に堪忍袋の緒が切れた、というのである。そもそもこの会社では、自分たちの事業を過大にデコレーションし、パートナーとの協業を開始するため、その種のトラブルが後を絶たない。もちろん、どのスタートアップも、急速な成長の中で“背伸び”をしたり、機能開発が完了していない時点で大口の受注をしたりしてしまうことは、なくもない。しかし、ビジネスマナー、いや、最低限のルールはあるもの。ところが、この会社に最低限のルールはなかった。相手に大事なことを言わないのだから、そもそも長く付き合うビジネスパートナーとして見ていないのだ。
「なんでそんなことになっているんだ!?」
会議室で社長の怒声が響いた。社長自身が獲得してきた商談でも、トラブルが発生すると自身は矢面に立たないどころか、後ろから矢を放ってくる。各部門の責任者にトラブル解消の交渉をさせ、それが思うように進まないと、担当者を叱責するのである。担当者も「そのセリフ、そっくりそのままお返しします」と言い返したかっただろうが、元々こじれている案件がそう簡単に落ち着くわけがない。
気に入らないとなった担当者については、「スタートアップに向いていない」「新規事業ができない奴」などと社員に陰口を言う。その話を聞く社員側にしてみても、“明日はわが身”といったところか。しかも、本人は謝罪することに過度な抵抗があり、責任を転嫁する。自尊心と猜疑心が高くて感情的、議論の積み上げができず、他責思考。反省がないので、また繰り返す――社員の一致した社長像だ。ちなみに、企業不祥事の典型は「社長案件」と「トカゲの尻尾切り」とされる。
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