【損保ジャパン「金融庁処分」の深層#5】組織風土改革“5つの提言”《前編》
(#4から続く)中古車販売大手のビッグモーターによる保険金不正請求問題をめぐって、金融庁の業務改善命令を受けた損害保険ジャパンおよび親会社のSOMPOホールディングス(HD)。今回の不祥事の核にあるのは、金融庁にも指摘された「組織風土」の問題にほかならない。損保ジャパンでリスク管理担当役員を務め、現在は日本経営倫理学会常任理事の井上泉氏(ジャパンリスクソリューション社長)が、古巣への提言を寄せた――。
SOMPOグループの「ガバナンス」評価
SOMPOグループのガバナンス体制については、SOMPOHDの有価証券報告書や統合レポートに詳細に説明されています。要約すると、グループ全体の監督は保険持株会社(親会社)であるSOMPOHDの社外取締役を中心とした取締役会と指名・報酬・監査の各委員会が担い、業務執行はSOMPOHDの「グループCEO(最高経営責任者)」と「グループCOO(最高執行責任者)」の統括の下、「事業オーナー」と「グループ・チーフオフィサー」が傘下グループ会社を指揮して遂行するとなっています。主要グループ会社(損保、生保、介護、デジタル)の社長はSOMPOHDの執行役を兼任し、親子関係の強化を図っています。そしてグループ会社中最大のものが、損保ジャパンです。
”しまり”のないガバナンス体制
説明では、「社外取締役による監督とグループガバナンス」「敏捷(びんしょう)かつ柔軟な意思決定」「権限・責任の明確化」「適時適切な経営議論」「実効性の高い執行体制」……といった文言が踊り、非の打ちどころのない体制のように見えます。
しかし、ビッグモーターをめぐる一連のSOMPOHDと損保ジャパンの行動を振り返るならば、私は端的に言って、SOMPOグループのガバナンス体制は、だらしなくしまりのないものだと感ぜざるを得ません。SOMPOHDの権威は一見高いようですが、そこにはグループ各社に物事を徹底してやらせきる実力がなく、損保ジャパンのガバナンスを維持する各種会議体にしても、ビッグモーターの不正という緊急事態が発生しても適宜・適時に開催されないなど、SOMPOグループのガバナンス、リスク管理態勢、コンプライアンスマインドは拙劣なものであったことは、事実として認めるべきでしょう。
組織風土改革は“永遠の課題”ではない――JALの教訓
損保ジャパンの役員、社員一人ひとりは、資質が高く優秀であることは、私の経験からも言い過ぎではないと思います。ところが、彼らが集団を形成し、いざ事に臨もうとすると、本来の期待役割が果たせなくなる、これが問題なのです。その原因は金融庁が指摘しているように、「組織風土」にあります。
一方、組織風土改革には時間がかかるという見方があります。1月26日、SOMPOHDの奥村幹夫グループCOO社長(4月グループCEOに就任予定)は、記者の質問に対し、「一朝一夕に変えるのが難しいというのは重々承知している。不退転の覚悟で、長丁場になるが改革に取り組む」と述べています。確かに自然体に任せていたら、組織風土改革は“永遠の課題”になりかねません。
それにしても、「長丁場」とはどれくらいの時間感覚なのか? 私は長くても2年以内と考えます。本当にそんな短期間で可能か!? と思われるかもしれませんが、日本航空(JAL)の再生がいいお手本になるはずです。
JALは、2兆3000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えて、2010年1月に倒産しました。当時のJALは危機的な財務状況に対し、ぬるま湯的体質から脱することができなかったのです。そのJALを再生させるため、政府から強い要請を受け、会長に就任したのが京セラ創業者の稲盛和夫氏でした。稲盛氏がJALへ携えて行ったのが「フィロソフィ」と「アメーバ経営」でした。この詳細は他書に譲りますが、要するに稲盛氏のやったことは、徹底して現場に降りて行って、当時JALに蔓延していた自分たち本位の企業風土を顧客第一に叩きなおすことでした。結果的に、2012年9月には、JALはわずか2年8カ月という短期間で再上場を果たしました。
稲盛氏は、JAL改革に向けて精神的働きかけだけをしたのではありません。裏では経営構造の改革、人事刷新、企業年金制度改革など非常に厳しい出血を伴う具体的施策をやり遂げていったのです。損保ジャパンにおいても、組織風土改革には「不退転の覚悟」だけではなく、「痛みを恐れない具体的対策」が絶対に必要です。以下その処方箋として、私が考える組織「風土改革のための5対策」を提言して、締め括りたいと思います。
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