【経営者と女性スキャンダル#4】金野志保弁護士に聞く「不適格トップ」を排除するための“平時の準備”と“有事の即応”
社外取締役も問われかねない「トップ指名」の責任
――そこで、企業トップに私生活での不祥事が発覚した場合(メディア等で報道されるなど)、経営者のモラルの問題において、社外取締役が果たすべき役割はどのようなものがあるとお考えですか。さらに、私生活の問題を理由に経営者に「辞任勧告」を出す場合、どのような基準があると考えられますか。
1 平時の準備
トップの不適切行為がメディアにリークされて慌てる前に、そもそもそのようなトップを選任しないようにすることが重要です。東証のコーポレートガバナンス・コードの補充原則には以下の規定があります(「第4章 取締役会等の責務」から抜粋)。
4-3①
取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、公正かつ透明性の高い手続に従い、適切に実行すべきである。4-3②
取締役会は、CEO(最高経営責任者)の選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏まえ、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきである。4-3③
取締役会は、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきである。そもそもそのようなトップを選任しないようにする、というのは特に上記4-3②の「取締役会は(中略)資質を備えたCEOを選任すべきである」に規定されていると言えるでしょう。
社外取締役が過半数を占める指名委員会主導で、社長・CEOの後継者育成計画(サクセッションプラン)を検討すべきであるということは昨今常識になりつつありますが、その指名委員会において、企業の経営戦略を踏まえ、あるべき社長・CEO像を策定し、①経験・知識・スキル②能力(コンピテンシー)③資質(ポテンシャル)④価値観・人柄――のすべてを定義づける必要があります。
この④に関連して、こういった私的エリアの問題が生じないような要素を入れる必要があるでしょう。そして候補者選任プロセスにおいて、これらを多方面から社外取締役を中心とした指名委員会にて、多人数で評価する。こういった透明性の高い社長・CEOの選任を指名委員会が主導で行うということが必要になっていると思います。
そして、上記補充原則4-3③に関連して、解任基準(取締役の職からの解任は株主総会マターなので、厳密には代表取締役の職から外す「解職」と、社長やCEOとしての「解任」の話となります。ここでは便宜上「解任」としてお話しします。なお、辞職勧告の基準も大きな相違はないと存じますのでまとめて解任基準としてお話しいたします)も、有事に際して慌てて解任の是非を検討するのではなく予め議論し明確に定めておき、客観性・透明性の高い手続きにて解任の是非を議論する、ということは、上記コードに定められた「適時性」のある解任を行うためにも、必要ではないでしょうか。
なお、社長・CEOの後継者計画の中で、有事の場合の後継者を予め定めることが通例となりつつあります。ここでいう有事というのは、生命や健康にかかわる問題を想定されていることが通例ではありますが、このような不適切事案での解任という事態に備える意味でも、有事の後任候補を予め定めておくべきことは有益であると考えられます。
上記4-3①にあるように、企業のトップの選解任は取締役会の責務です。たとえ私的エリアにおいてもトップが不適切であると判断される行為をとった場合は、取締役会自体の責任、ひいては各取締役の責任をも問われることになり得ます。
以上述べてきたように、トップの選任には、上記のように取締役会において中長期にわたる準備が必要です。
2 有事の対応
メディア等へのリークが先行した不適切行為の事案の場合、まず、そういった噂ベースの話ではなく事実確認が必要ですが、社内の最高権力者である 企業トップの場合は社内の調査委員会は機能しないため、社外取締役・社外監査役等が主導して、調査委員会等の組成を急ぐ必要があるでしょう。こういった社外役員は自らが委員会の一員となる場合もあり、外部法律事務所(顧問弁護士は執行サイドが依頼しているため顧問弁護士以外)を利用することも考えられます。もちろん並行して、社外役員が主導しつつ取締役会と広報・IR部門が連携してメディア対応や記者会見の準備についても早急な対応が必要です。
さて、有事における社長・CEOの解任基準については一般論はなく、そういった社長・CEOの続投のメリット・デメリットを各企業の実情に応じて検討すべきと思われます。具体的には、1の「平時の準備」で述べた①経験・知識・スキル②能力(コンピテンシー)③資質(ポテンシャル)④価値観・人柄、のうち、①②③のプラス面と④のマイナス面の比較検討、と言えるかもしれません。
こういった検討プロセスにおいて重要なことは、単純に①②③と④の比較にとどまらず、各ステークホルダーからの視点を踏まえ、当該案件のレピュテーションリスクがいかなるものかを取締役会において詳細に検討することです。コーポレートガバナンス・コードの冒頭に〈「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。〉と規定されていますが、各ステークホルダーとはここに書かれている、株主、顧客、従業員、地域社会等ということになるでしょう。
不適切事案が事実であると確認されたら、それは単純に社長・CEOの責任追及をすることにとどまらず、先のコーポレートガバナンス・コード4-3①や②に規定されている通り、そのような社長・CEOを選任してしまったことは指名委員会ひいては取締役会の責任でもあります。同コードに「選解任」と規定されている通り、取締役会は自らの選任時の判断ミスの修正として、解任も自らの責任として迅速・果断に検討・実行することが必要です。
この解任検討のプロセスにおいては取締役会の多様性が肝要です。特にセクハラ等、女性が被害を被る立場の案件では女性の視点が必要と思われます。セクハラ系の案件では、一般的に男性は男性に甘くなりがちとも言われていますが、確かに経験的にもこういった事案に対する女性の意見は厳しいことが多いです。ひいては、それは世の半分を占める女性も同様に厳しく見る可能性があるということです。
緊急対応すべき有事において、会社外の適任の女性をアドバイザーとして選任しヒアリングする時間等はありません。取締役会が取締役会の責任として判断するには、取締役会が予めジェンダーも含む多様性を持っているべきことは当然の前提ではないでしょうか。当然ながら、前述の平時の議論の際にも取締役会の多様性は必要であることは言うまでもありません。
なお、セクハラではなく不倫、特に従業員・取引先等のステークホルダー外の人物との不倫については、会社として辞任勧告をするのか、また社長・CEOとしても自主的に辞任をするのか、はたまた、完全な私的領域の問題であり当事者同士で解決すべきで問題であると判断し留任とするのか (最後の考え方には賛否両論ありますが、海外において圧倒的経営能力のあるCEOのケースでそのような例が見られます)等については、企業の対応はさまざまであり、高度な経営判断の問題となると思われます。
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