第8回【坂東眞理子×八田進二#1】男社会の経営者に「女性活躍の意義」を知らしめたい
女性役員比率「17年後に3割」不実行で「5年後の3割」のツケ
八田 日本で社外取締役の役割が議論されるようになったきっかけといえば、やはり2014年に改訂された日本再興戦略のなかで、稼ぐ力を高めるためにガバナンスの議論が必要だと謳われたことです。本来は民間企業が自発的に議論をすべきものでありながら、日本では国や規制当局主導になった。この点についてはどうお考えですか。
坂東 日本は何かにつけそうですね。男女雇用機会均等法しかり、女性に対する差別撤廃しかり。どちらも現場からの要望はなく、外圧がなければ進んでいなかったでしょう。女子差別撤廃条約を批准しなければ国際社会に対して恥ずかしい、だから、国内でもちゃんとした法律を作らないといけない、という流れでした。その法律が実務に大きく影響を与えないよう、罰則を緩やかにして骨抜きにする。とはいえ、最低限のルールができたことは大きかった。法律は建前を変えてくれます。その効果は、実はじわじわ意識を変えるのです。
八田 日本社会は自主規制という領域が極めて脆弱だと思っています。自主規制というのは自分たち仲間内を守ることが主眼であり、そのためにも、仲間の行動についてダメなことがあれば、法律や規則で禁止される前に規制を働かせて止めさせていくというのが、あるべき姿と思っていますが……。仲間内の傷を舐め合うことが自主規制ではありませんから。
坂東 ところがそうはならず、自分たちの「今」を守る、傷を舐め合う集団になってしまうから、外からの力で揺さぶらないと、前に進まないんですよね。
八田 2014年改訂の日本再興戦略では女性活躍推進も謳われました。そこから女性役員の比率3割だとか、クオータ制度(格差是正のために行うポジティブ・アクションのひとつで、マイノリティへの割り当てを強制的に行わせる手法)といった議論が浮上してきました。特に今年、政府が出した『女性版骨太の方針2023』では、2030年までに女性役員30%です。坂東さんはその13年前の2001年に内閣府で男女共同参画局長に就任されて、女性活躍推進の土台を作られました。今の状況をどう見ておられますか。
坂東 女性役員30%は、かなり野心的な数値ですよね。実は私が内閣府の男女共同参画局局長だったときに、管理職を念頭に「2020年までに30%」という目標値を決定しているんです。そのときも「人材がいないのに30%なんて無理だ」という声が経済界から上がりましてね。「3年以内にと言っているのではありません、17年後ですよ。17年先だったら十分機会を与えて鍛えて、成長してもらうことは可能でしょう。できるはすです」と申し上げたんですが、やっぱり、できなかった。というか、やらなかった。だから、そのツケが回って3年ないし5年で役員3割を女性に、なんていうことになったわけで、リーズナブルな目標値で実行しなかったのが悪いんです。
期待して、機会を与えて、鍛える……女性育成「3つの“き”」
八田 機械的に一定割合を女性にというのが、逆差別だという声もありますよね。
坂東 もちろん、機械的に一定割合を女性にということになると、ポストに相応しくない、実力の不足した人がそのポストに就くという現象も起きます。それでも、あまりにも今の割合が歪なわけですから、過渡的な扱いとして意識的な後押しがないと物事は変化しないのではないでしょうか。そもそも組織というところは、男女を問わず押し並べて、有能な人が必ずしも然るべきポストに就くわけではないでしょう? かなり運に影響されます。有能ではない人が登用されるからと、目くじらを立ててはいけませんよ。
八田 アハハ、確かにそうですね(笑)
坂東 いずれにしても、2030年までに女性役員3割、女性管理職3割の流れは変わりません。23年前に内閣府が方針決定をしたときから着手してくれていれば、今ごろは……という思いはありますが、折角、こういう流れになったのですから、今度こそ本気でやってほしい。ちゃんと育ててほしいのです。そのためには、経営者の方には3つの「き」をもって女性を育成してほしいと思っています。
八田 3つの「き」。期待して、機会を与えて、鍛える、ですね。
坂東 私の著書(『思い込みにとらわれない生き方』)をお読みいただいているんですね?ありがとうございます。経営者の方には、唐突に機会は与えるけれど、期待しないし、鍛えもせず、「やっぱり女はダメだ」などと言ってほしくないのです。男性には期待をし、鍛え、機会を与えるのに比べ準備不足です。若いうちからいろいろな経験をしっかり積ませて、「お前ならやれる」と心から言ってやれるだけの実力を付けさせたうえで、機会を与えてほしいのです。本気で取り組めば5年あれば、できますよ。
八田 5年で可能ですか。
坂東 可能です。たとえば、男女雇用機会均等法第1世代の人たち、もう60歳近くになっています。彼女たちは期待されず、鍛えられもせず、機会も与えられてこなかったけれど、がんばってきた。潜在能力のある方はまだまだいらっしゃいますよ。そんな彼女たちなら、5年もあれば十分です。
八田進二教授の「坂東眞理子氏との対談を終えて」
2006年に出版されベストセラーになった『女性の品格』は、坂東眞理子氏の教育者としての真骨頂を示したものといえる。それは、女性にのみ求められる品格というよりも、まさに人としてのマナーや倫理観、さらには日本人としての礼節を再確認させる啓発の書といえるからである。今回の対談に際して読了した同氏の書『思い込みにとらわれない生き方』では、我々が陥りやすい「アンコンシャス・バイアス」すなわち、「無意識の思い込み」について、きわめて多くの事例を例示しつつ、多くの気づきを与えてくれている。
坂東氏は、2001年に内閣府男女共同参画局の初代局長に就かれ、女性活躍の時代を先取りする形での議論を展開されてきたものの、実践に移されるようになるためには、その後、約20年の時を必要としたのである。ただ、女性活躍を推進する前に女性人材を育てることが不可欠であり、そのためには、「期待する」「機会を与える」「鍛える」の3つの「き」が必要だと喝破される。
同氏は、キャリア官僚退官後、昭和女子大学に転身され、学長、理事長そして総長を務めるなかで、同大学志願者を4倍に伸ばした実績をお持ちなのである。大学冬の時代が叫ばれるようになって久しく、すでに複数の短期大学や地方大学の消滅や、女子大学の募集停止等もあり、大学経営の困難さは待ったなしの状態になっている。そのなかで、斬新な構想と企画力を背景に新学部の設置や海外大学との提携等を推進して、時代の要請に応える経営を実践してきており、大学ガバナンスの視点からも、学ぶべき点が多いのである。
こうした多くの貴重な経験を武器に、複数企業の社外取締役として活躍されておられるが、その原点には多彩な好奇心があることを、対談を通じて実感することができた。
同時に、今でも、公共交通機関を利用して、自分の足で行動されているということからも、最新の世の中の事情にも精通されているのではないかと思われる。
【ガバナンス熱血対談 第8回】坂東眞理子×八田進二シリーズ記事
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