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第1回【斉藤惇×八田進二#3】日本の社外取締役が「株主代表訴訟」の洗礼を受ける時

第1回#2から続くガバナンス界の論客、八田進二青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに語り尽くす大型対談連載。第1シリーズのゲストは、野村証券副社長、産業再生機構社長、日本取引所グループ(JPX)CEO(最高経営責任者)、そして日本野球機構(NPB)コミッショナーを務めた斉藤惇氏。最終回の第3回では、社外取締役、後継者育成、ESGなど、日本企業が抱えるガバナンス問題に切り込む――。斉藤氏と八田氏が考える日本企業“再生”の処方箋とは――。

斉藤惇氏

ガラパゴスでエモい日本の「監査等委員会設置会社」

八田進二 エモーショナルな国であるゆえなのか、日本の株式会社には世界に類を見ない3つの形態の機関設計があります。1つは監査役(会)設置会社。2つ目は指名委員会等設置会社。そして3つ目が監査等委員会設置会社です。日本の監査役(会)設置会社は100年以上の歴史を持ちますが、これがまず海外では理解されない。日本は本来、執行の監視役であるはずの取締役が執行も兼務してしまうので、監視役を別途設ける必要があり、そこで誕生したのが監査役です。

ところが、この監査役がどうにも機能しない。事実上、人事権を社長が握ってしまっているので、監査役は取締役になれなかった者の“上がりのポスト”になってしまっている。当然、社長に忠実で、監視どころじゃない。そこで何とかアメリカ型の実効性が高いガバナンスを導入したいという法務省の考えをもとに、指名委員会等設置会社が2003年に誕生したわけです。コーポレートガバナンス・コードも指名委員会等設置会社を念頭に置いていますよね。しかし、これがまた“欠陥商品”だったわけですよ。

斉藤惇 指名委員会、監査委員会、報酬委員会の3つの委員会すべてを必置にしましたからね。アメリカでは監査委員会以外の設置は任意なのに。

八田 そこなんです。後継者の指名に関与する指名委員を社外取締役に任せるのですから、これは私が社長でも納得がいきません。だからなんでしょう、創設されてから20年になろうというのに、いまだに上場企業約3800社のうち、導入企業が100社に満たない。それで困って今度は、監査等委員会設置会社が出現した。これがまたおかしな仕組みで、監査等委員の取締役は任期が2年なのに、それ以外の取締役は1年とか、“等”は何かというと「監督もしろ」という意味なんですね。

斉藤 「監査」は業務の適法性をチェックするだけですが、「監督」は業務の妥当性も検証する。監督は取締役の職務であって、監査等委員だけの職務ではないはずですからね。

八田 ワケがわかりませんから、大学の講義でもすごく教えづらい。こんな仕組みで本当にガバナンスは機能するのでしょうか。

斉藤 かつて経団連は社外取締役の義務化に強烈に反対していて、その理由が「(社外取の)なり手がいない、確保できない」だったわけでしょう? だから、落としどころを行政が見つけたということでしょう。監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に移行する分には、社外監査役をそのまま監査等委員にしてしまえば済むことで、実質的に社外取締役の増員にはならないですからね。何か摩擦や衝突があると、足して2で割ったようなところに落とし、結果、あいまいなルールになってしまうということを、日本はありとあらゆる場面で繰り返しています。だから、効率性も落ちる。

ルールを変更すると、そのルールに適応できない人が当然出てくるわけですが、適応できない人を適応できるように修正するということをせず、放置してしまう。戦前の日本はそうじゃなかったと思うんですよね。石橋湛山(元首相、ジャーナリスト)の論文なんかを読んでみると、非常に明快に色々なことを言っています。よく戦時中に、軍の圧力のもとであれだけの発言ができたなと感心します。

八田 今の日本は自由な発言を許さない社会になっている感がありますね。

斉藤 何となくホワっとしてるほうが日本人のメンタリティだと生きやすいのでしょう。でも、このツケを日本人は必ず20年後、30年後に嫌と言うほど払わされると心配でなりません。

八田進二教授

「後継者育成計画」と「プロ経営者」不在の日本企業

斉藤 東証、日本証券取引所にいたときによく感じたのは、オーナー企業のほうが、業績が良いということでした。もちろん、ダメな会社もたくさんありますがね。中でも一番顕著なのがM&A(合併・買収)の成功確率です。日本企業のM&Aの成功率は3割程度なんですが、オーナー会社の場合は結構高い確率で成功している印象です。あくまでもイメージであって、手元に正確な統計を持っているわけではないのですが、長年の経験から確信しますね。それは、オーナー社長は財産のほぼすべてが自社株という人が多いので、リスクを真剣に見ているということにあると思うのです。

八田 そこがサラリーマン社長との大きな違いでしょうね。

斉藤 ただ、オーナー企業の多くが近頃サクセッションプランでうまくいっていませんね。ワンマン的企業では「サクセッションプラン」(後継者育成計画)がダメなんじゃないですかね。サラリーマン集団の企業の場合でも、一定以上のポストになってくると、昇格の基準がデータに基づいた合理的基準というより派閥や人脈の力学が強く働くようになる。“自分の寝首をかかない人”という目線で自分の後任を決めていくから、代が変わるごとにどんどん人間のスケールが小さくなっていってしまう。合理的な基準に基づいて、少なくとも20年先くらいを見据えたサクセションプランを組まないと、組織は衰退する一方でしょう。

八田 サクセッションプランで斉藤さんが評価している日本企業はありますか。

斉藤 今、日立製作所がチャレンジしているプランはちょっと面白いなと思っていますね。若くて優秀な社員たちによる特命チームを組織しているのです。これは故・中西宏明元会長(元経団連会長)たちが考えた方法なんですが、他社も真似してほしい施策だなと思いますね。

八田 ただ、日本には「経営のプロ」と言える社長が少ないのでしょうね。

斉藤 「プロ経営者」という言葉自体を嫌う企業人は多いですしね。トップがプロじゃなくても、せめて社外取締役がプロならもう少し事態は変わるのだと思いますが、その社外取もプロじゃない。だから、ワークしない。

八田 そもそも、社外取締役は本来、何社も掛け持ちできるような楽な仕事じゃないはずです。しかし、何社も掛け持ちして、まるで現役引退後の小遣い稼ぎのために社外取を引き受けている、そんな人もいらっしゃいますね。

斉藤 役員保険(会社役員賠償責任保険=D&O保険)だって、本来は株主の追及が厳しいから入るわけでしょう。社外取締役は株主代表訴訟の対象になり得るんですが、それを全然理解していなくて、名誉職みたいなつもりでお気楽に捉えている人、あるいは、引き受ける人が結構います。

誤解を恐れずに言いますが、社外取が株主代表訴訟で訴えられることだってあると思いますよ。そういう例が出て来たら、社外取の人たちももう少し緊張感を持つでしょう。「役員定年になっちゃったから、どこか職はないですかね?」みたいなノリで、社外取を引き受けるのは本当に止めなければなりません。社外取がしっかりウォッチしていることで、企業がキリッとしていく。そういう姿であって欲しいのですが。

八田 企業が不祥事を起こすと、社長以下、業務執行のトップは記者会見でお作法通りに頭を下げますが、社外取締役が頭を下げる風景なんて見たことないですよね。そもそも、不祥事会見になんて出て来ないうえ、自分のレピュテーションを下げかねないと考えてか、すぐ辞表を出して逃げてしまったり……。それどころか「こんな会社だと思わなかった」「経営陣に裏切られた」とか言い出す有り様です。

斉藤 社外取締役はとても重要な仕事で、その会社の重大なリスクを発見することは自分の身を守ることとイコールのはず。何が何でもアメリカの制度がいいとは言わないけれど、リスクに気づくことが自分のレピュテーションを守ることになるという自覚が、アメリカの経営者にはありますよ。

斉藤惇氏

ESGは見せかけに非ず。利益創造のプロセスこそ社会貢献。

八田 トップが「我が社に限って不祥事なんか起きるはずがない」なんて言う会社に限って、とんでもない事件が起きるものです。企業は生き物ですから、病気もすればケガもする。だから、不正や不祥事が起きることを前提に、内部統制を使ってあらかじめ処方箋を作っておくべきなんです。

斉藤 そういった日本企業の“緩み”の背景にあるのが「終身雇用」という制度でしょう。互いに信用し合い、寄りかかり合う。そのため、優秀でも外国人や女性、あるいはトランスジェンダーの人たちを入れたがらないし、ジョブディスクリプション(職務記述書)に基づいたジョブ型雇用にも後ろ向きです。アメリカは飛び抜けて頭が良くても“悪さ”をする人がいることを前提として、そういう人材に能力を発揮させ、かつ裏切らせないような制度を作っている。簡単に言えば、性悪説、あるいは「悪」とまで言わなくとも、人は時として不正を犯すという性“弱”説が根本にある。

しかし、メンバーシップ型雇用の日本企業にはそうした考えがありません。それでも、激しい国際競争に晒されている昨今、日本企業も外国人を雇わざるを得ない。結果、ジョブ型雇用が整備されていないために、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I、多様な人材を受け入れてその能力を発揮させる考え方)の推進に反するような事件・事故が起きたりする。

八田 トップは監査法人に対して「徹底的にウチのことを調べてくれ」と言わないといけないのに、多くの日本企業経営者の場合、徹底的に監査すると「そんなにウチが信用できないのか」と怒り出すんですよね。そもそも、監査報酬自体、コストだと思われてますし……。

斉藤 厳しく監査してもらうことが、結局、経営者本人を救うことになると思えないところに問題がありますね。

八田 日本人は会議の場を前向きの議論の場と思ってないでしょう。だから、会議で異論を挟まれると、人格を傷つけられたような気になる。それどころか、決議機関の会議なのに決議をとらず、“全会一致”ってことにしちゃう。構成メンバーの数が偶数で、時として多数決が機能しないような会議体も結構あるくらいです。

斉藤 日本社会はよくそれで今までやって来られたな、と痛感する今日この頃です。どんなデータを見ても、現在の日本は国際競争力でどんどん諸外国に追い抜かれているのに、それでも目が覚めない。「エンタープライズバリュー」(EV)の概念なんて、中国人経営者のほうがはるかに理解していますよ。社外取締役を形だけ入れて、やるべきことをやっているような気になっている場合じゃない。データは戦略を練るための“種”であり、コーポレートガバナンスの基礎になるものです。

八田「ESG投資は企業利益とは関係ないもの」と考えるのも間違いですね。

斉藤 企業が利益を出すプロセス自体が社会貢献なんだという発想をしないとダメですね。空気をきれいにしながら、自社の利益を最大化する。社会貢献と利益を出すことを分離して考えていてはいけません。利益を最大化するプロセスの中で、企業が社会のコストを過剰に使ってしまうとか、誰かを犠牲にするということは許されない時代なのです。そして、その企業活動をステークホルダーが見張っていこうというのが、コーポレートガバナンスです。

八田 ガバナンスの議論は不断に続けられなければなりません。そのような意味でも、また斉藤さんのお話をじっくり拝聴する機会をいただきたいですね。本日はありがとうございました。

(了)

【ガバナンス熱血対談 第1回】斉藤惇×八田進二シリーズ記事

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