【米国「フロードスター」列伝#2】国際サイバー犯罪の元祖インターネットのゴッドファーザー
ジョンソンのサイバー不正事件と「不正のトライアングル」
#1同様、ここで試みに、ドナルド・R・クレッシーの提唱した「不正のトライアングル」に当てはめてみたい。
「不正のトライアングル」は3つの要素、①不正行為を実行する動機(プレッシャー・インセンティブ)、②不正行為の実行を可能あるいは容易にする環境としての機会、そして➂不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情である正当化、で構成される。
(1)動機
家庭環境
ジョンソンの犯罪における主な動機は、彼の幼少期の不安定な家庭環境と、愛情の欠如に深く根ざしている。
彼は「同じ家庭環境下にあった妹は自分とは違う」「自分よりも劣悪な家庭環境にいる人もいる」と、自らの犯した罪を家庭環境のせいにしたくはないとしつつも、「母親からは犯罪者の思考パターンを、父親からは見捨てられることへの恐怖感を受け継いだ」と自己分析をする。
愛情が欠如し、日常の中で犯罪が身近なものであったことは、彼の初期の人格形成に大きな影響を与え、犯罪キャリアの基盤となり、倫理観や道徳観が揺らぐきっかけとなったことが容易に想像できる。
愛情にまつわる強迫観念
「愛を得るために、物を与えなければならないという強迫観念に駆られていた」と不正な手を使ってでも物を与えなければならない、そうしなければ愛されない、という心理が働いていたという。物質的なものを通じて愛情を得ようとする彼自身の心理的な葛藤が不正と深く結びついている。
(2)機会
インターネット環境
匿名性が高く追跡が難しいインターネット環境は、彼が犯罪行為を行うに適した環境であった。彼曰く、「シャドウ・クルーは犯罪者同士が信頼関係を築き、協力し合う場であった」と、彼の築いたネットコミュニティは、世界中の犯罪者たちが情報を共有し、信頼関係を築く場、つまり、サイバー犯罪の温床となった。これにより、不正行為を行うための機会が大幅に増え、実行も容易になった。
当時の一般人のITリテラシー
当時、インターネットという新しい技術的環境において、一般にはまだ今日ほどサイバーセキュリティへの意識は高くはなかった。「大抵の人々はテクノロジーを信用しきって疑いを持たないため、不正は非常に簡単だった」と語るように、個人情報の抜き取りといった不正が容易に成立したという。
(3)正当化
“顔の見えない”被害者
「ネット上では、被害者の顔を見ないことで、実際に人を傷付けたり損害を与えたりしている感覚が薄れた」というように、被害者と対面することがない状況で不正を行うことにより、罪悪感が薄れ、犯罪行為を続けていたと語っている。この感覚についてインタビュー中で繰り返し述べていることから、このことが正当化の最も大きな要因のようである。
また「ネット上ではひどい人間でも、現実世界では良い人でいられる」というように、リアルとバーチャルの世界を別々に生きていたことも、正当化につながっているようだ。
金銭の必要性
「自分にはそのお金が必要だったし、被害者はどうせ余裕がある人だから大丈夫だと思っていた」と生活のために金銭を得ることが必要であると正当化することにより、心理的に自己防衛をしていた。
*
ジョンソンの回想を「不正のトライアングル」に当てはめてみたが、ジョンソンの犯罪は、彼の幼少期のトラウマに端を発する「動機」、インターネットというテクノロジーが生んだ「機会」、そして自身の行動を「正当化」するための心理的なメカニズムによって支えられていたと言えよう。
彼の事例から、サイバー犯罪がいかにして個人の内的葛藤や歪んだ倫理観と技術的環境に結びついたかが分かる。
サイバーセキュリティ対策は元より、彼の経験談から得られる教訓は他にもある。彼の「被害者の顔が見えないことで加害者側に実感がわかない」という感覚である。
現代社会に生きる我々人間の心の奥底にも似たものはないだろうか。いずれにせよ、インターネットの向こう側には人間がいる、ということを我々は常に意識下に置くべきであろう。
ACFE本部リソース
ACFE米国本部によるジョンソンへのインタビューは、オンデマンド動画で視聴(有料)できる。
また、2021年には、ジョンソンは第32回ACFEグローバルカンファレンスに「フロードスター」としてウェブ登壇した。その模様を伝える記事には約2分のティーザー動画もある。
・Conversation with a Fraudster: Brett Johnson ウェビナー(オンデマンド)ACFE Ethics CPE: 2 *すべて英語
・2021年 第32回ACFEグローバルカンファレンス ウェブページ 動画付き記事 *すべて英語https://www.fraudconferencenews.com/home/2021/6/23/fraudster-video-brett-johnson
(隔週連載、#3は2024年12月6日公開予定)
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