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日本製鉄USスチール買収計画に米訴訟手続き「ディスカバリー」が寄与したか?【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#20】

ディスカバリー制度のメリット:相手方の“手持ち証拠”を開示させる武器

米国の民事訴訟では、「訴状」の段階においては、原告の請求(Claim)や求める救済が何かを被告に通知(Notice)するという機能が果たされていれば足りるとされていて、訴状は、請求の根拠や裏付けなどが書かれていない簡略な書面となっている。

米国ではさまざまなイベントに対して、迅速に裁判が起こされたとのリリースに接することが多いのは、訴状にこの程度の記載さえすれば、裁判所に対して直ちに訴訟を提起することができるからだ。

しかし、訴訟の事実関係を把握できず、争点の絞り込みができていない状態で、しかも、相手方がどのような証拠を持っているかを把握していないまま、事実審理(トライアル)に進んでも、充実した審理が期待できないことは当然のこと。そこで、裁判を効果的で適正なものとするため、トライアルの前の段階でディスカバリー手続きが行われる。

連邦最高裁判所

ディスカバリー制度とは、訴訟当事者が、トライアルの前段階で、訴訟に関連する情報・証拠の開示を受ける、すなわち、相手が持っている証拠を開示することを求めることができる手続きをいい、また、ディスカバリーの方法として、①Interrogatories(質問書)、②Depositions(証言録取書)、③Request for Production(提出の要求)、④Physical and mental examination(身体および精神の検査)、⑤Requests for Admission(自白の要求)の5つの方法がある。

日本の民事訴訟では、相手方の手持ち証拠を提出させることは、文書提出命令の要件を満たす極めて限定的な場合に限られ、それ以外の証拠を提出させることは難しい。その上、法廷で人証調べをすることができる人数は、当事者本人に加えて数人程度の証人に限定される。さらに、相手方が申請する当事者本人や証人に対する反対尋問の時間も、主尋問の半分程度、通常は数十分程度に限られている。

それに対して、米国の民事訴訟では、ディスカバリーにより、弁護士依頼者秘匿特権により開示を免れる弁護士とのやりとり以外は、原則として相手方からすべての証拠を入手することができる。また、証言録取(デポジション)によって、相手方の関連証人に対しても徹底した尋問を行うことが可能とされている。

具体的に言うと、質問書の質問項目は原則として25項目、証言録取の人数は関係者10人まで、時間は1人につき原則7時間まで(ただし、通訳が必要な場合は7時間超も)尋問をすることができるのだ。

ディスカバリーのルール違反に対しては、訴訟相手の弁護士費用を負担させられ、場合によっては法廷侮辱行為として罰金など、非常に厳しい制裁がかされることになる。また、訴訟において著しく不利な状況に追い込まれることにもなる。

そのため、ディスカバリーで開示を求められた企業は、関連するあらゆる膨大な資料を収集し、担当弁護士が立ち会い、当該案件と関連するか否かを検討、関連するものについても秘匿特権で不開示にできるか否かを検討した上で、原則としてすべてを相手方に開示することが求められる。

その際、たとえ自社に不利益な証拠であっても、すべて提出しなければならないことにも留意する必要がある。

実際、米国企業と訴訟になったある日本企業がディスカバリー手続きにおいて、おびただしい資料を揃えた際、自社に不利益な記述がある資料があった。気づかれないことを祈りつつも、数百箱の提出資料の1箱の中に目立たないように納めて提出したところ、半年後に相手方から戻ってきた時点で、当該箇所に付箋が貼られていた。つまり、開示を求めた米国企業は、すべての資料を英語に翻訳して精査をした結果、その日本企業にとって不利となる情報を見逃さずに把握していたのだ。

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