一般的に、不祥事の発生に関与した部門の役職員には、その疑義を矮小化あるいは隠蔽するインセンティブがあり、当該部門の自主的な調査に委ねると、事実が歪曲・隠蔽される危険性がある。また、不祥事(異常事態)が発生していると指摘されても、正常の範囲内と捉えて、冷静さを保とうとする「正常化バイアス」が働きやすいことも知られる通りだ。
特に、TOYO TIREでは、認定基準に適合していない製品の製造を続けてきた子会社の免振ゴム部門で正常化バイアスが働いていたことは想像に難くない。しかも、免震ゴムの専門的知見をまったく持っていなかったTOYO TIRE本体の社員をサポート要員として、情報の収集・分析・検討をさせても、信頼できるはずもない。
さらに、数カ月をかけて試行錯誤を続けたうえで法令に適合するとの結論を断念し、一度は製品の出荷停止等の方針を決定したのに、サポート要員から、認定基準に適合する結果を導ける方法が見つかったとの報告を受けると一転、詳細な検討もなく、午前中に決めた方針をその日のうちに180度変更した。この報告が安易に信用できるものではないことは誰が考えても一目瞭然のはずだ。
それにもかかわらず、出荷停止決定の撤回における社長ら2人の取締役の善管注意義務違反を否定したTOYO TIRE判決は、信頼の原則の適用の範囲や当てはめが適当とは言えない。
不祥事初動対応において「信頼の原則」の適用は慎重であるべき
そもそも「信頼の原則」については、会社法だけでなく、法令で明文の規定の定めがあるわけではなく、取締役の善管注意義務の判断にこの原則を認めるべきかという根本的な問いについてすら依然として学説で争いがある。信頼の原則の内容や適用範囲が解釈論で明確になっている現況ではない。
上記のように、TOYO TIRE判決は、信頼の原則を適用することが適切でない事案であるのに、信頼の原則を当てはめようとしていることに無理がある。裁判実務には、信頼の原則の適用範囲を現在以上に曖昧・混沌化させるような事態とならないように慎重な対応が求められる。
信頼の原則の安易な適用を慎むべきことは、訴訟において原告・被告および裁判所に求められるだけでなく、企業が不祥事の疑義を認識したときに採るべき初動対応でも同様である。
企業において不祥事の疑いを認知して、初動対応として不祥事調査を開始する場合、企業(取締役)が善管注意義務を尽くして調査をしたといえるためには、不祥事が疑われる事象の発生に関与した部門・役職員とは利害関係がない中立・独立した立場にあり、しかも専門的知見を有する専門家が調査を実施し、その検証作業等をモニタリングすることが欠かせない。
このような対応が市場、そして社会の信頼に適う公正な行動であり、また、小林製薬やフジテレビのようなイベントドリブン型のアクティビストファンド(不祥事等のイベントが発生すると活動が積極化するファンド)に対する有用な対応策と言えるだろう。
(隔週木曜日連載、#18は5月15日公開予定)