大阪地裁は上記の事実関係をもとに取締役ら4人に会社側に約1億5800万円の支払いを命じる判決を下したが、これは国交省への報告、一般への公表義務が遅れたことが善管注意義務違反に当たるとした判示部分。
ところが、出荷停止の判断が遅れたことが善管注意義務違反にあたるか否かという争点では、代表取締役社長と、法務・コンプライアンス等を含む管理部門担当取締役の2人の善管注意義務違反は否定した。理由は以下のようなものだった。
① 法令違反の製品を販売は許されず、基準に適合しないときは出荷を停止すべきだが、
② 限られた情報の下で時には迅速に行う必要があるから、ある性質のものであるから、事後的に基準に適合していなかったことが判明したが、当時の情報のもとで、大臣認定基準に適合すると認識・評価した当時の認識・認識した過程が合理的である場合は善管注意義務違反とならない、
③ 当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、取締役が各種の業務を分担する各部署で検討された結果を信頼してその判断をすることは、取締役に求められる役割として合理的であり、
④ 下部組織から提供された事実関係、分析、検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、前記の基準に適合するとの認識ないし評価に至る過程が合理的か否かで判断すべき
――大阪地裁の判決は、上記のような要点に整理できる判断枠組みを示したうえで、14年9月16日午後に午前中の出荷停止等の方針が撤回されたことにつき、子会社管掌取締役と品質保証部門管掌取締役には善管注意義務違反を認めたが、社長と管理担当取締役に違反はないとした。
“法令違反の疑い”の調査を当該部門に委ねたTOYO TIRE
TOYO TIRE判決は、①②はともかく、③④の判断枠組みとその当てはめとして、出荷停止措置を講じなかった一部の取締役の善管注意義務違反を認めなかった結論は、さまざまな問題点があると考えられる。
TOYO TIREの事案は、法令違反の疑いがあり迅速な判断を求められる、いわば「有事」の事案。特に同社の取締役が、調査・対応策を法令違反の疑いのある製品の製造・販売を行う当該部門に行わせたことを③の「信頼の原則」を採用して正当化したこと。そして④で示されたように、当該部門による調査・検証を信頼して対応策を決定することに躊躇を覚えない場合は、「信頼の原則」により善管注意義務違反を問われないとする判断を示したことには強い違和感を覚える。
まず「信頼の原則」とは、取締役は業務執行を行う際に情報収集・調査をどこまで独自に行わなくてはならないのかという点について、他の役職員、あるいは専門家の情報を信頼すること、言い方を変えると、取締役を自らが情報の収集・分析・判断をしなければならないことから解放する法理である。
そして取締役は、他の役職員あるいは専門家からの情報の収集・分析・検討について、特に疑うべき事情がない限り、それを信頼しても、善管注意義務違反にならないと解することになる。
もっとも、このような効果が認められるには、他の役職員あるいは専門家からの情報の収集・分析・検討に頼って判断することが出来ない、あるいは躊躇われるような事情があるときは信頼の原則を適用することはできない、という内容に整理される。大阪地裁の判例③④はこのような信頼の原則の一般論を示す限りでは、問題はないように思える。
ところがTOYO TIREの取締役らは、免振ゴムが大臣認定基準に適合しない(法令違反)か否かを判断する際のキーとなる情報の収集・分析・検討を当の免震ゴムの製造・販売部門の役職員に委ねているのだ。にもかかわらず、信頼の原則の適用が認められる、としている点は問題と言えよう。