一条ゆかりの日経「私の履歴書」と“企業価値の持続的な向上”【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#13】
「取締役会の監督機能強化」は企業価値向上に貢献しているか
一方、企業経営に目を向けると、ブルーオーシャン、つまり従来存在しなかったまったく新しい市場を生み出すことで、他社と競合することなく、新領域に事業を展開、躍進していくことは決して容易なことではない。
現実は、既存の事業領域で競合企業と限られたパイを奪い合うために激しい価格競争などを繰り返したり、商品のコモディティ化などが進み、継続的に業績を上げることが難しい状況に直面したりすることが多いのが実情ではないか。
長らく続く日本企業の低迷を「ガバナンスの問題」と捉えて、コーポレートガバナンス改革によって企業価値の向上を目指すという戦略のもと、策定・改訂されているのが「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」である。その2021年6月の再改訂は、社外取締役による取締役会の監督機能の強化によって企業価値の向上を図ろうとしている。
その前提には、従来の日本企業の取締役会が社内取締役を中心に構成され、個別の業務執行の決定機能を重視してきた運営では監督が不十分だったとの認識がある。そこでCGコード再改訂版は、東証プライム市場上場企業に全取締役の3分の1以上の独立社外取締役を確保することを求めるなど、取締役会に対する監督機能強化の要請を強めている。
もっとも、そんな動向と並行して、企業のビジネスモデルを持続可能とするためには、企業活動の存立基盤である社会や経済、環境が良好でサステナブル(持続的)であることが大前提となる。このことが認識され、企業自らが存立基盤の持続可能性を熟慮し、それへの貢献が求められることになった。
上場企業において、ガバナンスや経営システムにサステナビリティを統合し、気候変動、環境、人権などに関する事業上の決定および、会社の長期的なレジリエンス(自発的治癒力)の維持・強化に向けての決定を行う枠組みを実効的に機能させる――。CGコード再改訂版や「投資家と企業の対話ガイドライン(対話GL)」再改訂版でも、このことが最重要課題であると謳われているのも、その表われである。
しかし、CGコードに対応して、社外取締役の割合を増やす努力をしても、それが必ずしも取締役会が企業価値向上に資するための場として機能する結果をもたらしていない、つまり取締役会の実効性が確保できていない状況が顕在化している。
自然災害等への危機管理、気候変動等の地球環境問題への配慮、ESGやSDGsに対する社会の要請に即した対応、DX(デジタルトランスフォーメーション)やサイバーセキュリティ対応、サプライチェーン全体での公正・適正な取引、「トランプ2.0」等によって不確定性を高めた経済安全保障をめぐる国際環境の変化への対応、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な対応……。
企業が取り組まなければならない課題は、自社のビジネスドメイン(事業領域)に関して、さまざまな分野にわたり、またそれぞれの課題で考慮しなければならない事情はまちまちである。
経済官庁は、「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」(経済産業省、2020年)や「社外取締役のことはじめ」(金融庁、24年)など、社外取締役か果たすべき役割に関するガイドラインを整備している。
ただしガイドラインは、社外取締役個々人に期待されている役割・機能などを明らかにするにとどまり、社内外の取締役から構成される取締役会がどのように諸課題に実効的に取り組むことが望まれるかという点については、効果的な処方箋を示していない。
しかも、これまで官主導のビジネスで成功したものは決して多くなく、経済官庁に、企業価値を向上させる“万能の処方箋”を描かせること自体が過剰な期待なのだろう。
関連記事
ピックアップ
- 【米国「フロードスター」列伝#9】パーク・アベニュー銀行を破綻させた「不正頭取」悪あがきの手口…
少年時代に垣間見せた“ディール中毒” チャールズ・アントヌッチは、ニューヨーク市に生まれ育った。9歳の時に父親を亡くした彼は、早くより自立心…
- 一条ゆかりの日経「私の履歴書」と“企業価値の持続的な向上”【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#1…
「取締役会の監督機能強化」は企業価値向上に貢献しているか 一方、企業経営に目を向けると、ブルーオーシャン、つまり従来存在しなかったまったく新…
- 【2025年3月5日「適時開示ピックアップ」】フジテレビ第三者委員会委員に「公認不正検査士」山口利昭…
元タレントの中居正広氏のトラブルをめぐって、フジ・メディア・ホールディングス(フジHD)と傘下のフジテレビジョンが設置した第三者委員会で、委…
- 【《週刊》世界のガバナンス・ニュース#16】米ベン&ジェリーズ、英・蘭ユニリーバ、デンマーク・レゴ、…
アイス製造の米ベン&ジェリーズ、親会社ユニリーバからブランド買い戻し目指す 米アイスクリーム製造のベン&ジェリーズの創業者が、親会社の英・オ…
- フジテレビ問題は対岸の火事ではない〜「人のふり見て我がふり直せ」は経営者の法的な義務である〜【野村彩…
「内部統制構築義務」違反で取締役に800億円賠償の判決 では、取締役は何のプロなのか。 経営のプロである。 会社、ひいては株主は、企業価値を…
- 東北大学大学院・細田千尋准教授「脳科学から考える“令和の新しい経営者”とは」【新春インタビュー#13…
男女の性差なく子育て中の人たちが働きやすい仕組みとは 企業における社員の働き方の問題で考えてみますと、女性活躍推進の流れの中で、男性の育休制…