極めて脆弱な現行法の「経営者報酬ガバナンス」
報酬ガバナンスに関するSCの株主提案は、上場企業のコーポレートガバナンスについては情報開示が一定程度進んでいるけれども、なお投資家などが求める情報を網羅しているとはいえず、特に「指名・報酬ガバナンス」に関する情報は十分とはいえないことが前提となっている。
まず、金融商品取引法(金商法)では、企業内容等開示布令で、報酬等の総額が1億円以上の役員については、有価証券報告書において役員ごとに、氏名・役員区分・報酬等の総額、報酬等の種類別の額を開示することが義務とされ、開示違反により刑事責任が課された裁判例も出ている(東京地判令和4・3、3、東京高判令和7・2・4も一審を支持[日産事件])。
しかし、海外では役員報酬の個別開示のルール整備が進んでいる。
例えば、米国ではSEC(証券取引委員会)規則で全取締役の過去1年の報酬の一覧の開示が求められ、CEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)および報酬額上位3位までのエグゼクティブオフィサーの報酬については、報酬プログラムの内容・要素ごとの算定方法、株主総会決議の反映状況などを説明し、過去3年の報酬内容一覧の開示が義務とされている。
英国でも、会社法に基づき、全取締役の報酬に関して米国と同様の説明を要し、過去2年の一覧開示が求められている。さらに業務執行取締役の報酬については報酬プログラムを適用した場合の最大支払い見込額なども開示が求められている。
英米では経営者の報酬が極めて高額であることため、その透明性を高める観点から詳細な開示が求められているのではあるが、これと比べると、日本での情報開示は極めて限定的である。
また、会社法でも、取締役の報酬決定のプロセスについては、最近まで、株主総会から報酬総額の範囲内で各取締役の報酬を決定する旨の委任を受けた取締役会から、今度は代表取締役が各取締役の報酬額の決定を再一任され、代表取締役が各取締役の業績・活動実績をどのように評価し、当該取締役に対してどの程度の報酬を支給するかについて、広い裁量が認められるのが一般的。
しかも、報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反として責任を負うことはないとする下級審裁判例もあるなど、十分な報酬ガバナンスの規律が機能しているとはいえない状況にある。
また、日本の伝統的な経営者報酬は、固定報酬の割合が高く、英米と比べると、変動報酬の割合が低いことが特徴である。
ただ、日本のコーポレートガバナンス・コード(CGコード、2021年6月再改定版)では、〈経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである〉(原則4-2)、〈中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである〉(補充原則4-2)など、業績連動性を高めるべきであると謳われている。
そしてそれが、経済産業省による「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)や「『攻めの経営』を促す役員報酬――企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引」などを通じた後押しがあって、経営陣に中長期的な企業価値向上のインセンティブを与え、「攻めの経営」を促す手段として、株式報酬や中長期的な業績連動報酬等のインセンティブ報酬を導入する企業の割合が漸次増加し、定着してきた。
【経産省】「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」
https://www.meti.go.jp/press/2022/07/20220719001/20220719001.html
【経産省】「『攻めの経営』を促す役員報酬」
https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230331008/20230331008.html
確かに、持続的な企業価値の向上に向けて、中長期的に経営者を動機付けができる経営者報酬は経営戦略において重要な意味を持ち、特にプライム市場のトップオブトップ企業のように、グローバルな事業展開を行う企業が高度な経営人財を勝ち取るためにも業績連動報酬等のインセンティブ報酬は欠かせない手段と言える。
業績連動報酬が一定程度有意な役割を果たしていることは否定できない事実だろう。