三谷幸喜の“ことば”から考えた「日本のコーポレートガバナンス論」の現在地【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#1】

欧米を参考にしつつも「イコールフッティング」はできていたか?

もう1つのキーワードが「イコールフッティング」である。コーポレートガバナンスに関わる具体的な制度設計に際して、アメリカや欧州(EU、イギリス)の法律や制度がどうなっているかを調査して、参照するという比較法的な検討は昔から行われていた。その際に重要なのがイコールフッティング=同一の条件である。

競争法、税法、会計制度を含め、企業活動に関わるさまざまな制度のうち、コーポレートガバナンスに関わる制度の検討には少なくとも会社法、資本市場法に関わる制度がイコールフッティングであることは必要条件である。言い換えれば、海外の法制度を日本に導入するには、会社法、資本市場法でどのような相違があるかを整理・把握し、導入する場合のメリット・デメリットを検討した上で、何をどこまで導入するかを吟味することが肝要である。

欧米(ドイツやアメリカの州判例法)の会社法では、支配株主が、会社や他の株主の利益を考慮しなければならない忠実(誠実)義務を負い、権利行使の際に一定の制約を受けるという法理が認められている。これに対し、日本では忠実(誠実)義務を認める会社法制の必要性が説かれて半世紀が経過しているにもかかわらず、いまだ認められていない。

また、資本市場法では、アメリカは民事制裁・事前差止め、利益の吐き出し、クラス・アクション(集合代表訴訟)、ディスカバリー(証拠開示)、覆面捜査、盗聴、司法取引、奨励金、業界追放等の多様な手段を用意して、市場における阻害行為、違法・不正行為にこれらの手段を用いて機動的かつ厳しい対処を行うことで資本市場法制を支えている。

一方、イギリスはシティコード(M&Aに関するルール)、業界の自主規制、業者プリンシプル(原理・原則)、慣習規則等もLawであり、制定法である会社法もLawの1形態に過ぎず、これらのLaw(日本でいう「ソフトロー」)は高い権威のある規範であり、遵守しないとその企業や経営者は業界の中で存続していけないというほど、強力なエンフォースメント(法執行)が働く。

日本法は、基本的に大陸法系の法制度を参照してその法律を踏襲してつくられた法律が中心で、しかもエンフォースメントは手段・運用とも必ずしも実効性が高いとはいえず、英米法との間には相当大きなギャップがある。

取締役会のモニタリングボード化の推進・社外取締役の員数の増員、Board3.0を参照したボード改革、「企業買収における行動指針」の策定やそれに沿ったM&Aの推奨など、成長戦略の一環として始まった直近10余年のガバナンス改革は、確かに果実をもたらしているが、その反面、欧米との法制度に相違があるまま進めたために(イコールフッティングを考慮しなかったために)さまざまな問題が生起していることも冷静に理解しておくことが肝要である。

次回からは、具体的なテーマを取り上げて論じていく。コーポレートガバナンス関連には共通言語化が必要な用語が多数あるが、具体的なテーマで出てきた都度、明確にしながら進めていくつもりなので、しばしお付き合いいただければ幸いである。

(隔週連載、#2に続く。次回は10月初旬予定)