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ニデックとイラン・ホルムズ海峡が教えるガバナンス「沈黙」の代償【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#32】

英語に「Elephant in the room」という表現がある。部屋の真ん中に象がいる。だが誰もそれを話題にしない。見えていないからではなく、むしろ全員が見ている。ただ、それに触れた瞬間、空気が変わることを知っているからである。

会議の席で、誰もが違和感を抱いている。数字の動きが不自然だ。説明のつかない慣行が続いている。あるいは、将来の環境変化について気になる兆候がある……。しかし、議論はそこを避けて進む。より扱いやすいテーマへと流れ、会議は予定通りに終わる。議事録にも特別な記録は残らない。会議は平穏に終了するが、“象”は部屋に残ったままだ。

こうした現象は、企業に限った話ではない。社会全体でも、国家の意思決定の場でも、同じことが起きる。遠くで起きつつある大きな変化について、誰もが断片的には理解している。だが、それを真正面から言葉にすることには慎重になる。言葉にすれば、“行動”の議論が始まってしまうからである。

蓋をされてきた「ホルムズ海峡」という象

さる2月以後、中東情勢の急展開によってホルムズ海峡の通航が困難な状況に陥り、国際エネルギー市場は激震に見舞われている。しかしこの衝撃は、本当に「予想外」だったのかというと、そうではない。

ホルムズ海峡を通過する石油・LNG(液化天然ガス)は世界の供給量の約2割を占める。このリスクはエネルギー安全保障の文脈で長年にわたって指摘されてきた。日経新聞3月13日朝刊の記事「競争力ある供給源『依存』の教訓」のとおり、政策立案者も、企業のリスク担当者も、アナリストも、国全体が等しくその重大性を知っていた。

では、なぜ世界は目をつむり続けたのか。寄稿した小山堅・日本エネルギー経済研究所専務理事は、答えは2つあると指摘する。

ひとつは経済合理性である。サウジアラビアの原油、カタールのLNGは国際市場において圧倒的な競争力を持つ。調達先を多様化することは、個々の国家・企業にとって「コスト面で合理的ではない」選択だった。もうひとつは「禁じ手」という前提である。海峡封鎖はイランにとっても体制崩壊につながりかねない選択であり、「発動されることはない」と信じられていた。この2つの論理の組み合わせが、既知のリスクを「語られないリスク」に変えた。

記事は中国に依存するレアアースのリスクにも警鐘を鳴らしているが、日本はこれら安全保障上の重大問題を「部屋の中の象」として思考を棚上げし、言うなれば、蓋をしてきたと言える。ここに、企業ガバナンスとの深い共鳴がある。

「この問題を指摘すれば波風が立つ」という経験知と、「現状維持のほうがコストが低い」という合理性。この2つが重なるとき、違和感は会議の外で消え、議事録には残らない。言い換えれば、それは象に名前を与えて(対処すべきリスクを顕在化させて)、議論し行動することの放棄を意味する。

社内では知られているが、取締役会では語られない問題

企業の不祥事調査でも、似た証言が繰り返される。

「問題があることは、うすうす気づいていた」「違和感はあったが、はっきりとは言えなかった」「議題にするほどの確証がなかった」……多くの場合、問題は知られていなかったわけではない。“語られなかった”のである。

この事実は、企業法務の実践において最も重要な観察のひとつだと思う。問題の発生それ自体は、ある意味では防ぎきれない。組織が複雑であればあるほど、どこかで何かが起きる。しかし、問題が「語られなかった」状態で放置されることは、制度設計によって変えられる。そこにこそ、ガバナンスの本来の意味がある。

「内部統制」という言葉を聞くと、多くの人は規程やチェックリストを思い浮かべる。確かに制度は必要だが、実務の現場で問われるのは、もう少し目立たない“静かな問題”である。

内部統制の成熟度は、どのレベルまで規程が整えられているか(規程の厚さ)では測れない。むしろ、組織の中において、現場の社員や、管理部門の社員が感じる、あるいは検知する「違和感」がその後、組織的にどのように取り扱われるかという運用面に表れる。

違和感が社員の間での雑談の中で消えていくのか。それとも、誰かが拾い上げ、言葉にし、それを経営層に届け、自らが検知していなかった経営に関わるリスクとして取り上げ、検討するのか。このように、組織は、象の存在を口にできるか。その1点が、制度の実質を決めるのだと思う。

ニデックという鏡

ニデック(旧日本電産)は、永守重信氏が1973(昭和48)年に創業し、小型精密モーターで圧倒的な地位を築いた世界最大級の総合モーター企業である。時価総額は一時8兆円を超え、「M&Aの巧者」「永守マジック」として経済界の注目を集めてきた。だが、この10年ほどの動きを追うと、別の光景も見えてくる。

ニデックは2010年代以降、後継者の育成に複数回にわたり取り組んできた。吉本浩之氏、関潤氏(元日産自動車COO=最高執行責任者)と、社外から経営のプロが招かれ、代表取締役社長の座についた。しかしいずれも、数年を経ないうちに退任という結末を迎えた。

退任に際して発表されたリリースは型通りのものであった。「経営方針の相違」「会社の発展を考慮した判断」。だが市場は、その向こうに別の問いを読み取っていたのではないか。――この会社の意思決定は、どこで、誰によってなされているのか。取締役会は、実質的な機能を果たしているのか。創業者の影響力と、経営の独立性は、どのように整理されているのか。

アナリストも、機関投資家も、社内の幹部も誰もが感じていた。ただ、少なくとも、ニデックの社内には、それを正式な言葉として取り上げる経路も、安心して言葉として発することができる心理的安全性も、十分には機能していなかった。 

創業者・オーナーにより急成長した企業にとって、会社を大きくした創業者の力と組織を健全に保つためのガバナンスが本質的に相容れないという難しい側面を有する。創業者は、企業の存在理由そのものを体現し、その判断力と情熱がなければ、会社はそもそも存在しなかったという事実は重く、違和感や経営方針に対する意見は言いにくい。

「永守さんの言っていることは、わかる。ただ、これはどうなんだろう」

そういう言葉はフォーマルな会議の外でしか語られず、このようなフォーマルな会議ではそうした違和感は発言されず、そのような事態が繰り返され、積み重なると、取締役会は議案を通すための形式的な手続きの場と化してしまう。形式的なガバナンスは「整備されている」が、実際に「機能している」かどうかは別次元の問題である。そしてその「実質」を問うのが、本来のガバナンスの目的なのだ。

ガバナンスの役割と管理部門の本質

ガバナンスが機能しても、企業に生起する全ての問題を完全に防ぐことは困難である。しかし、重要なのは、重大な不祥事やインシデント等、企業価値を毀損するような重大な問題が生起することを抑止、または早期に発見するため、企業内で、問題を言葉にする(言葉にできる)経路を確保することがガバナンスの重要な役割のひとつであることを理解し、実践することだ。

取締役会、監査役(会)、内部監査、法務部門。これらの共通する機能は、組織の中で暗黙裡に共有されている違和感を正式な言葉として表に出す経路である。名実ともに機能するとは、誰かが実際に声を上げたとき、それが握りつぶされず、記録され、議論の対象となることを意味する。経営企画や法務・コンプライアンス部門に携わる企業パーソンは、現場が抱いている違和感、数字の裏にある実態、リスクの兆候を経営層が経営課題として認識し、検討するような形で、橋渡しをする「リエゾン」としての役割を果たすことが求められる。

「こういう懸念が現場から上がっています」「この数字の背景には、こういう前提があります」「このスキームについて法的に確認すべき点があります」……。このような現場には見えていても、意思決定層には届いていない言葉を適切なタイミングで適切な場で発し、経営層に確実に届けることが、ガバナンスの実装である。

象に名前を与えるのは、英雄的な内部告発者だけではない。地味で目立たない日常業務の中で「これについて確認が必要です」と言い続ける人々こそが、組織のガバナンスを支えている。

沈黙のコスト

沈黙にはコストが発生するが、そのコストは、沈黙した時点では見えずに、実感できない象が部屋に残ったまま時間が経過すると、象がさらに大きくなり、組織の感度が鈍くなる。すなわち、当初は小さな違和感だったものが、手が打たれないまま積み重なり、やがて問題として顕在化したとき、対応のコストは格段に増している。また、「あの件は触れないほうがいい」という経験が蓄積されると、次の違和感も語られなくなり、沈黙は沈黙を呼ぶ。組織は徐々に、問題を扱う筋肉を失っていく。

ホルムズ海峡の危機は、この「沈黙のコスト」を国家規模で可視化した事例として記憶されることになるだろう。中東依存のリスクは何十年も語り続けられていた。それでもなお、依存は深まった。語ることよりも、依存を続けることの短期的コストが低かったからである。その計算が、長期的な脆弱性を作り出したのだ。

ニデックは現在、EV(電気自動車)向け駆動装置Eアクスル事業を成長の柱として掲げているが、その戦略の実行は経営の安定性と不可分である。後継者問題の反復によって生じた経営の不確実性は、事業の遂行力に対する市場の信頼と切り離せない問題となった。ガバナンスの問題は、法律の問題ではなく、事業の問題である。そのことを、経営者も、経営企画も、管理部門も、改めて意識する必要がある。

静かな組織が持つ「ガバナンス最後の砦」

象に名前を与えるためには、大声は要らない。むしろ、必要なときに誰かが落ち着いた声でそのことを口にすることができることが重要である。

「どうやら、この部屋には象がいるようだ」

その一言が言える組織と言えない組織では、時間とともに大きな差がつく。レジリエントで持続可能な(比喩として「静かな」と言い表せる)組織が持つものは、ルールではない。習慣である。誰かが違和感を口にしたとき、それが受け止められた経験の積み重ねが、次の違和感を語りやすくする。この繰り返しが、組織の文化(風土)になる。文化は制度より遅く形成されるが、制度より長く残る。そして文化こそが、ガバナンスの最後の砦である。

法務・コンプラの目から見た「経営者への問い」

最後に、経営に関わるすべての方へ、3つの問いを提示したい。

1つ目。取締役会は、創業者・オーナー・カリスマ的リーダーの判断に対して、実質的に異議を唱えられるか。仕組みとして、経路として、文化として。

2つ目。現場が感じている違和感は、意思決定層に届いているか。その経路を使った人が、使ったことで不利益を被っていないか。

3つ目。会社の議事録は、結論だけではなく、どのような問いが出され、どのような議論がなされたかの「審議した形跡」を残しているか。

これらの問いに自信を持って「yes」と答えられる経営層は、どのくらいいるのだろうか。筆者はけっして多くはないのではないかと考えている。しかしだからこそ、問いそのものを持つことが意味を持つ。象に名前を与えることは、組織を壊すことではない。組織を守ることである。このことを自覚して、一歩ずつ前に進めていくべきだろう。

ニデックは現在のところ、グローバル企業として今後も存続していく見込みがないとはいえない。永守重信という稀有な経営者が作り上げた組織の大きさは、否定されるべきものではない。しかしその「ビジネスモデル」や「大きさ」が次の世代へと受け継がれるか否かの見通しは視界不良である。仮に受け継がれる可能性があるとしても、そのとき、問われるのは技術でも戦略でもなく、組織が自らの問題を言葉にする力があるか、である。

ホルムズ海峡の教訓も、同じことを問うている。既知のリスクを語れるか、語れないか。その差は、危機が来てから問われるのではない。危機が来る前の、静かな時間の中で、すでに決まっている。その力の有無が、次の10年を決める。それはニデックだけの話ではなく、全ての会社が問われる課題である。

(次回は2026年4月2日配信予定)